第百四十五話 ホームランへの誠意(3/?)
******視点:浅井佳穂 [西東京雁芒ペンギンズ 投手]******
初回はお互いに無得点。まぁそれは最初から覚悟の上。別リーグとは言えとんでもない成績のピッチャーが相手だし。初回の結果で言っても、外野が『今日の組み合わせはバニーズが有利』と考えるのも無理はないわね。
「2回の表、バニーズの攻撃。5番ファースト、金剛。背番号55」
でも、勝つのはカホ達だし。
「ストライク!バッターアウト!」
「カーブ!外から入ってきました見逃し三振ッ!」
「6番ライト、松村。背番号4」
「ストレート打った!しかしこれは詰まってショート正面……」
「アウト!」
「「「「「良いぞ良いぞカホちゃん!!!」」」」」
「投手四冠がナンボのもんじゃい!」
「今日は投げ勝って"帝国一のエース"や!」
「みんな、ありがとー!」
小池さんからの返球を受けてから、次の打者が打席に入る前に球場の右側を見渡して大袈裟に手を振る。
熱狂するファンへの対応。高校の頃から慣れたもの。それにウチの球団は90年代の黄金時代の名残で、メディアでの選手の売り出しに結構積極的。そういう方針で、こういうキャラで売ってるんだから仕方ない。カホみたいに可愛くて野球もクッソ上手い子だと尚更こういう役回りは宿命みたいなものよね。
……にしても話に聞いてた通り、何というか極端ねぇ。カホの制球が立ち上がりと比べてまとまったのを差し引いても、上位打線と下位打線で明らかに格の差を感じる……
「7番ショート、宇井。背番号24」
もちろん、だからって油断はしないけどね。特にアイツに対しては。
「ツーアウトランナーなしで打席にはプロ2年目、まだ19歳の若きレギュラーショート、宇井朱美。今シーズンはディフェンス面でチームを支えつつ、バッティングでも球団史上初の『10代でのシーズン2桁本塁打』を達成。一時はクリーンナップも任されるなど、首脳陣からも非常に将来を期待されております。そして今日のペンギンズの先発の浅井とは同学年。高校時代にも対戦経験があるとのことです」
(ランナーがいないなら遠慮なく一発狙っても良いっすよね?)
カホよりもでっかい身体。胸はカホが圧勝だけど。それに、いつもインタビューとかで『高校時代はそんなに打ってなかった』とか吹いてるけど、ショートを守りながら高校通算40本。そして何より、カホからも普通に長打を打ってみせた。なのにU18は過去の実績がどうとかで、結局カホだけが選ばれた。
カホから打った長打には価値がないって言いたいわけ?それかカホが"嚆矢園のスター"だからって忖度しちゃったわけ?それで『"名もない田舎っぺ"がたまたま事故を起こした』だけで済ませたかったわけ?あームカつく。あの時のこと思い出すと。
カホは可愛いって言っても、今までずっと実力だけで勝ってきたんだけど?どうせ投手と野手で枠は被らないんだから、別にアイツも選んでも良かったんじゃないの?むしろそれこそがカホの実力の証明なんじゃないの?
あーほんとムカつく。いたいけな学生をダシにして金儲けするジジババ共のせいで、アイツに勝ったらその『事故』が本当だったってことになっちゃうじゃないのよ。『プロではアイツに勝ってカホの実力を証明する』っいうのにつまらないケチがついちゃうじゃないのよ。まったく、とんだ呪いだわ。
「注目の対決ですが、マウンド上の浅井、また首を横に振ります。サインが合わないようですが……」
(……え?もしかしてこれか?)
「ようやくサインが決まったようです……第1球!」
(うぃっ!?)
「ストライーク!」
「初球から落としました!今日初めてのフォークボールから入ってきました!」
(ま、まぁ確かに意表は突かれたっすけど……それ解禁するの自分からで良いんすか?ツーアウトでランナーいないし……)
アイツと、アホウドリに行ったあの"変態ロン毛野郎"には絶対に負けられないってのに。カホは"世界一のエース"になるんだから、"嚆矢園のスター"とか"帝国一のエース"とか、カホの終着点を他人が勝手に決めんじゃないわよ。
「バットは……」
「ボール!」
「止まってます!フォークを2球続けましたがここはボール!」
(『もしかして』って思えたからどうにかバット止められたっすけど……)
「ストライーク!」
「真ん中!しかし今日最速の153km/hが出ました空振り!」
(ちょっとガチすぎじゃないっすか、浅井さん……?)
驚いてるような呆れてるような顔でこっちを見てくる。まったく、もうちょっと堂々としなさいよ。一度はカホに勝ったくせに。
(……!また落ちて……)
よし、今度こそ勝ったわね……
「低め拾って!これはフラフラっと上がって、ショート下がって……」
……え?
「センターとショートの間、落ちましたヒット!」
「外低めに落ちる球でしたが、上手く外野まで運びましたね」
「「「「「おおおおお!!!」」」」」
「ナイスポテン、ヴァーミリオン!」
「いくら球場狭いからってそれじゃ届かへんで!」
やられた……あんな『事故』っぽい当たりで……
(本当なら逢さんみたいに見送って最悪四球で出るのがスマートっすけど、100回三振して10個くらいしか四球選べない自分の選球眼を甘く見ないでほしいっす。それでもリーチは自慢っすから、今のでもバットが届いちゃうんすよね。まぁ今のをもう1回やれって言われても多分無理っすけど)
「8番キャッチャー、冬島。背番号8」
「ツーアウトからランナーが出て、打席にはプロ4年目の正捕手・冬島幸貴。月出里と同期の2017年ドラフトで2位指名。"伊達の後継者"という期待に見事に応えて、1年目から一軍でマスクを被り続けております。強肩とキャッチング、そしてクレバーなリードで投手陣からも強く信頼されている扇の要。シュアなバッティングにも定評があります」
(宇井ちゃんが出たか……ツーアウトやし、次がピッチャーの風刃くん。本人の申告やと『バッティングは苦手』らしいけど、あの天才野郎の言うことをどこまで信じて良いのやら……まぁ何にせよ、オレに求められるのは……)
くそっ、くそっ……!?
「!!!レフト上がって!」
「「「「「おおおおお!!!」」」」」
やば……!
「ファール!」
「ファールボールにご注意ください」
「大きな当たりでしたがレフトファールゾーン、スタンドに入っていきました」
(チッ、ちょっとタイミングが早かったか……でも最低限、布石としては十分やな)
カットボールすっぽ抜け……打席に立ってるのが猪戸さんとか花さんとかだったら完全にアウトだったわ。
「いやぁ、しかし初球から豪快に振ってきましたねぇ……どちらかと言うとセンターから右に堅実に打ち返したり、しっかりと球を選んだりという印象の強い選手なのですが……」
冬島さんはプロに入ってからはあんまり一発は打ってないけど、確か大学だと"強打のキャッチャー"って触れ込みだったはず。見た目的にも何か飛ばしそうだし、この球場狭いし、ちょっと警戒が必要かしらね……?
「ボール!」
「ボール!」
「ボール!」
「ああっと!これもはっきりと外れてしまいました!」
小池さんの『低め低め』というジェスチャーの後に返球。
そりゃもちろん、頭じゃわかってるわよ。でも人間、理屈や正論だけじゃ動けるもんじゃない。
「外!バットは……」
「ボール!フォアボール!」
「止まりましたフォアボール!今シーズン、四球は10イニングスに1つという高い制球力を誇る浅井ですが、ここは歩かせてしまいました!」
「ナイセンナイセン!」
「あのスライダーでもスリーワンならなぁ」
(うーむ……リプの奴のくせに、DHなしの8番打者がやるべきことをよくわかってるな。初球のフルスイングも、単純にツーアウトで次が投手だから無理にでも長打で点を狙う必要があったというだけではなく、ボール球を呼び込みやすくする布石でもあったわけだな。捕手はどのポジションよりもチームの順位で評価が左右されるもの。つまり優勝してこの帝国シリーズに出てきてる時点で、手強いのは当然か。ただそれにしたって、浅井の動揺が想像以上に大きい。ここは……)
「タイム!」
「ここでキャッチャー小池がマウンドへ向かいます」
「浅井、大丈夫か?何か身体に違和感とかはないよな?」
「はい、大丈夫です。すみません。ツーアウトだってのにこんな不甲斐ないピッチングで……」
「大丈夫だ。次はピッチャー。こういう状況の乗り切り方はリコの俺達の方が確実に長じてる。とにかく自信を持ってストライクゾーンに投げてこい。ホーム開幕投手のお前ならできるよな?」
「はい、もちろんです」
「よし。頼んだぞ、"未来の大エース"」
「プレイ!」
「9番ピッチャー、風刃。背番号43」
さて、"四冠王"様のバッティングはどんなものか……




