第百四十五話 ホームランへの誠意(2/?)
「1回の裏、ペンギンズの攻撃。1番センター、小林。背番号9」
「先攻のバニーズは初回、チャンスを作ったものの無得点で終了し、後攻のペンギンズの攻撃に移りますTCBC帝国シリーズ2021。ペンギンズの1番を任されたのは、今シーズンついにブレークを果たしました、プロ4年目の小林怜治。走攻守三拍子揃った外野手で、14本塁打のパンチ力と21盗塁の脚、センターを守れる守備力を兼ね備えております」
守備をやる以上、もちろん向こうの打者の大体のことは下調べしてる。小林さんは2桁打ってる右打者だけど、どっちかと言うと右に打つ方が得意っぽい。率的な意味でもそうだし、ホームランも色んな方向に満遍なく打ってる。
もちろん脚もあるから、一塁から遠いとこを守ってる立場としては油断できないんだけど……
「ストライーク!」
「初球まっすぐ空振り!いきなり154km/hが出ました!」
今日投げるのあの子だからねぇ……
「守りますバニーズ、今日の先発を任されたのはリーグ・プログレッサーの投手四冠、プロ3年目の若き"ウルトラエース"風刃鋭利。先発投手ながら今シーズンのストレート平均球速は150km/hオーバー。他にもスプリット、スライダー、カーブ、カットボール、シュートと数多くの球種を操り、どの球種も威力に定評があります。23試合を投げて16勝2敗、防御率は1.58。今シーズン、規定到達の投手で防御率1点代は12球団で風刃ただ1人となっております」
「「「「「キャアアアアア!!!風刃くん今日も最高ー!」」」」」
「は、速……」
「い、いや……この球場ガンが甘いって言われてるやん……?」
「『HIVE』導入したから今はどこも大体一緒やろ(マジレス)」
「ストライク!バッターアウト!」
「三振ッ!最後は落としてきました!」
(くそっ、冗談じゃねぇぞ。いきなりクローザー相手にしてるみてぇじゃねぇか……!)
ただでさえ球速だけじゃなく威力もあるまっすぐ。しかもどの球種が来るのかさっぱりわからないまま追い込まれて、最後はきっちりストライクゾーンからボールゾーンに落ちる球を制球してくる。流石のあたしでもアレを確実に打てって言われても無理。
いきなりそこそこ贅沢な配球をしてるけど、先頭打者を確実に仕留めるのはセオリーだし、色んな球を見せたところで対戦経験の少ない別リーグの人が風刃くんを三巡そこらで捉えて打ち込むなんてそうそうできることじゃないし、この短期決戦で今日確実にエースで1勝獲りにいくのなら多分あれが正解だろうね。
「これは当てただけ!ショート正面、一塁へ……」
「アウト!」
「止めたバットに当たりました!ファースト前進……」
「アウト!」
「そのままタッチしてアウト!スリーアウトチェンジ!風刃、初回は三者凡退!9月15日のゲームの6回以降、18イニング連続で無失点が続いております!」
「えっぐ……」
「風刃ピ■■ンは何があっても失点しない」
向こうの打線も結構強力なのに、また今日もスイスイと。
「ナイピー!」
「サンキューっす!この球場狭いんすから、早く先制しちゃってくださいよ?」
「はいはい」
まぁ風刃くんが抑えてくれるのはありがたい話だけど、風刃くんの存在がある意味あの歌舞伎野郎との勝負を不公平にしてるとこがあるよね。向こうの浅井さんも全然良い投手だと思うけど、今の日本で風刃くんと並べるほどの先発なんて……
いるにはいるか。今リハビリ中だけど。あの変態、今どうしてるんだろ……?
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******視点:妃房蜜溜******
「よう、蜜溜ちゃん」
「あ、部長さん。お疲れ様です」
シャークスの二軍球場、屋内のトレーニングルーム。
この時期だから一軍二軍ともに本業はとっくに店じまいだけど、リーグ最下位のチームに休みなんてない。主に二軍の若い選手は毎年恒例の秋季リーグのために宮崎へ、他は神奈川に残って秋季トレーニング。
アタシはまだまだ本格的に投げられるような段階じゃないから、変わらず屋内に篭ってリハビリしつつ地道にトレーニング。ほとんどの人達は外で練習してるから、こうやって訪れてくるのは開発部の部長さんくらい。
「ん?何観てるんだ?」
「帝シリです」
「ああ、そう言や今日からだったな。目的はやっぱあの"ちょうちょちゃん"か?」
「もちろんあの子も観ますけど……どっちかと言うと今回のメインはこの子ですね」
タブレットに映る動画。隣に来た部長さんに画面が見えるようにして指差したのは、金髪の男の子。今日のバニーズの先発の風刃くん。
「……!珍しいな、蜜溜ちゃん。日暮咲以外の同じピッチャーにはあんまり興味なかったんじゃないのか?」
「んー、綾瀬さんとも色々ありましたし、もう1年以上こうしてるとどうしても色々考えちゃって……このまま順調にリハビリが進んで復帰できたとしても、何もかも前までのままじゃいつかまた壊れちゃうんじゃないかとか」
「確かにな……いつも全力で勝負してる蜜溜ちゃんは魅力的だが、そもそも勝負できねぇのはな……」
「今年の5月くらいにたまたまこの子が目に止まって、それからはずっとこの子のことを参考にして新しいスタイルを作れないか色々考えてるんですよ」
「まぁ投手四冠だから参考にできることはそれなりにあるだろうけど、蜜溜ちゃん左だろ?」
「大丈夫ですよ。アタシって『鏡写し』ですから」
「……!そうか。そうだったな。だったらむしろ……」
「はい。それにこの子もどうも今の投げ方を作ったのって肘への負担を減らすためらしいですし、色々と都合が良いと思うんですよね」
「……蜜溜ちゃん。もし良かったら俺の方で風刃のデータを集められるだけ集めるが、必要か?」
「!良いんですか?」
「もちろんだ。それが俺らの仕事だからな」
「じゃあお願いします」
「おう」
「ストライク!バッターアウト!」
「三振ッ!最後は落としてきました!」
……ほんとに良い球を投げるね、キミ。あんまり身体が大きくないけど、その身体から捻り出せる限りの力を全部球に込められてる感じがして、しかもこの落ちる球。投げ方は全然違うけど、やってることは日暮さんとよく似てる。
ずっと良い打者と勝負することばっかり考えてきたけど、キミとだったらいつか投げ合ってみたいな。シャークスが今のペンギンズくらい強くなれば、こうやってバニーズと戦えるのに。月出里逢とも勝負できるのに。
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