第百四十四話 東と西の怪童(3/?)
******視点:雨田司記******
10月27日。ペンギンズの本拠地、青山帝稜球場。
日本の野球は今でこそ高校野球とプロ野球が中心になってるけど、かつての日本の野球の花形は大学野球で、この球場はその時代から今に至るまで大学野球の聖地とされている。
高卒のボクであっても野球で飯を食ってる人間である以上、身の引き締まる思いのする場所ではあるけど、ボクにとってそれ以上に重要なのは、ここが帝都……ボクの母さんの故郷であること。
誰に似たのか変なところで頑固な母さんだけど、今回ボクが帝シリに出られるということで、ようやく重い腰を上げてボクへの応援も兼ねての里帰りを決心してくれた。ボクはクローザーというポジションだから試合に出られるかはわからないけど、それでも母さんが動く口実にはなっただけでも儲けもの。今日と明日は母さん、そして明日は帝都の方の祖父母も来てくれるって話。
「……よし」
ビジター側の練習。そろそろ客入りの頃。期待も込めて、球場のフェンスを沿うように軽くランニング。
「メガネ!帝シリも頑張れや!」
「160km/h見せてや!」
早くに球場入りしてる熱心なファンの声に時々応えつつ、観客席を確認しながら走ってると……
「……!!?」
期待した通り、ボクに向かって手を振る母さんの姿……でもその隣に、予想外の人物。
「…………」
何とも言えない仏頂面で腕を組む中年男性。紛れもなくボクの父さん。飲む物食べる物だけでなく、応援する球団も地元のものしか受け入れないあの堅物が、バニーズの応援席に……
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『まだ期待してるの?父さんのこと』
『そうね……嫁ついですぐに貴方を産む程度にはあの人を信じてたし、今もね……』
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つまりはそういうことなのか、母さん……?
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******視点:伊達郁雄******
「皆様、お待たせいたしました!只今より試合前セレモニーを開催いたします!初めに、両チームの監督、コーチ、選手の入場です!まずは先攻、天王寺三条バニーズの入場です!まずはコーチ陣の入場です!背番号81、振旗八縞!」
「36年ぶりねぇ、こういうの……」
振旗コーチが感慨深げに照れ笑いしながら、駆け足でベンチからグラウンドへ。それを皮切りに、1人ずつ名前が呼ばれていく。
「続いて、ベンチ入り選手の入場です!背番号19、雨田司記!」
「司記ー!頑張ってー!!」
先に登場して横並びするコーチ陣とグータッチを交わしながら、ベンチ入り選手達も同じように横に並ぶ。
……この光景だけでも涙が出てきそうだ。
「続いて、スターティングメンバーの登場です!1番センターフィールダー、赤猫閑!背番号53!」
「「「「「閑たそー!!!」」」」」
「頼むで最年長!」
「埼玉の係長と同い年でも可愛いで!」
「2番セカンドベースマン、徳田火織!背番号36!」
「「「「「人妻ー!」」」」」
「ほんまクビにならんで良かったわ……」
「かおりんおらんかったら詰んでたやろ……」
「3番サードベースマン、月出里逢!背番号25!」
「「「「「「「おおおおおおお!!!!!」」」」」」」
歓声も拍手も今日一番。何ならペンギンズ側の観客席すら盛り上がってる。
「4番レフトフィールダー、十握三四郎!背番号34!」
「「「「「346!346!346!346!」」」」」
「守備就けるんか!」
「ええでええで!それでこそ男や!」
「5番ファーストベースマン、金剛丁一!背番号55!」
「「「「「ホームランホームラン金剛!」」」」」
「場外まで飛ばせや!」
「まあまだやれるやろ!」
「6番ライトフィールダー、松村桐生!背番号4!」
「「「「「マッツゥゥゥ!!!」」」」」
「打ちまくれ"天才打者"!」
「チッヒの代わりに頼むで!」
「7番ショートストップ、宇井朱美!背番号24!」
「「「「「あけみん!あけみん!あけみん!あけみん!」」」」」
「高卒2年目で帝シリスタメンショートって地味にエリートでは……?」
「ド派手にエリートだぞ」
「8番キャッチャー、冬島幸貴!背番号8!」
「「「「「幸貴!幸貴!幸貴!」」」」」
「リコの連中にも『コウキャノン』かましたれや!」
「イギリス人の分も打てや!」
「9番ピッチャー、風刃鋭利!背番号43!」
「「「「「風刃くぅぅぅん!!!」」」」」
「"四冠王"様のお出ましじゃ!」
「狭い球場でも完封余裕や!」
「そして、天王寺三条バニーズの指揮を執るのは……背番号80、伊達郁雄!」
「「「「「伊達!伊達!伊達!」」」」」
「夢見させてくれや"名将"!」
「CSみたいにストレート勝ちでもええんやで!」
選手達に勝るとも劣らない歓声。『現役でこの舞台に立ちたかった』という未練も断ち切れそうだ。
いったん観客席を見渡して手を振ってから駆け出し、選手達と並ぶ。
「続いて後攻、西東京雁芒ペンギンズの入場です!」
僕達バニーズの面々は三塁線に沿うようにして、観客席に向かって横並びしてる形。ペンギンズは一塁線側に同じように並ぶみたいだけど、今の状態だとその姿は見れない。それでも背後からは確かなプレッシャー。リーグは違えど同じ王者とまもなく相まみえるという事実を嫌というほど痛感する。
「続いて、スターティングメンバーの登場です!1番センターフィールダー、小林怜治!背番号9!」
「「「「「怜治!怜治!怜治!怜治!」」」」」
向こうのお庭でもあるし、やはり人気のリコ。拍手の音でもどちらがより多く客を呼べてるかは明白。小林くんは今年初めて規定到達した期待の若手だから尚更。
「2番レフトフィールダー、西村美雪!背番号23!」
「「「「「みゆきぃぃぃ!!!」」」」」
「3番セカンドベースマン、鉄炮塚花!背番号1!」
「「「「「ハナちゃあああん!!!」」」」」
メジャーでも実績アリアリ、40手前ながらまだまだ一線級の"天才打者"西村。そしてトリプルスリー3回、今年も34本塁打の"史上最強セカンド"鉄炮塚。ウチも月出里くんとかがいるけど、顔ぶれは全く見劣りしないスター軍団。
でもやっぱり、ここ最近のペンギンズと言えば……
「4番サードベースマン、猪戸士道!背番号55!」
「「「「「猪戸!猪戸!猪戸!猪戸!」」」」」
「兎のヒョロガリどもに格の違い見せたれ!」
「"四冠王"がナンボのもんじゃい!」
月出里くんの時と勝るとも劣らない大歓声。月出里くんと同い年の"怪童"猪戸。高卒2年目まででは史上最多の36本塁打、今年も12球団最多の39本塁打。まさに今をときめく天才スラッガー。
「以上、TCBC帝国シリーズ2021を戦う、両チームのコーチ、選手、監督が勢揃いしました!皆様、盛大な拍手をお願いします!」
全員のコールが終わったタイミングで、両軍共にマウンド側へ身体を向ける。万雷の拍手の中、もちろん大体の選手達の視線は観客席の方に向いてるけど……
(このシリーズで歌舞伎野郎に今度こそ完璧に勝ってやる……!)
(WAR1位だが何だか知らんが、ホームランはおいの圧勝たい。ぬしゃこれからもせいぜいアイドル扱いされて浮かれてれば良か)
思った通り、"東の怪童"と"西の怪童"は明らかにお互いを強く意識してる。もちろん、男女のどうこうとは違う意味で。
……ま、チームが勝つためにも最強打者が奮起する理由があるなら大いにありがたいことだけどね。
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