第百四十三話 勝ち切れる強さ(8/8)
ノーアウト満塁。ランナーはそれぞれ三塁に松村、二塁に有川、一塁に相沢。脚の速さは松村がプロ基準で平均より上、有川がかなりの俊足で盗塁とベースランニングの技術も高い。そして相沢も守備力が取り沙汰されることが多いが相当な俊足。まぁ2点取られたら終わりな状況だからホームへの帰還は現状計算に入れる必要はないが、併殺も絡む状況だからある程度考慮が必要。
そして打席の赤猫は昨日は4タコだったが今日は一転して猛打賞。これに関しては大半が運によるもの。前に飛ばしてそこがバックの守備範囲かそうじゃないかの差でしかない。つまり一番安全な三振を狙うのは相変わらず難しいということ。一応今年の青山は奪三振率が9を超えてるが……
(とにかく、無失点がベストであっても、もう最悪1点は良い。1点以内で3つアウト取れればまだ延長戦がある。三振も期待できねぇんなら、今度こそゲッツーで……!?)
「三塁ランナースタート!そして赤猫はバント!しかしこれは……」
「ファール!」
「三塁線切れましたファール!」
「スクイズですか……確かに1点あればとりあえず負けはなくなる場面ですが……」
「閑たそってバント上手かったっけ?」
「セーフティは割と得意やろ。全盛期はひたすら脚で稼いでたんやし」
「でも失敗したらなぁ……」
そう。それが今の俺達にとって数少ない希望。
確かについさっきの例もあるように、スクイズに見せかけてヒッティングという線もある。あのスクイズも『ファールゾーンに切れても前進守備の誘い水になる』くらいの気持ちだったのかもしれない。だがどっちかしか確実に防げないのなら……
「内野は前進守備……」
これならヒッティングであってもミスショットすればホームゲッツーも狙える。赤猫は当てるのはともかくパワーはないから強い打球が飛んでくる確率は他の打者よりは低い。俺達としてももちろんここは無失点がベスト。
それに、相手にとってもここで2回連続で『見せかけ』というのはある意味やりづらい場面ではある。決まればきっと伊達はしばらく"名将"として讃えられるだろう。だかその反面、『もしここで失敗して、このまま4連敗したら悔やんでも悔やみきれない』、『格好付けた策がもし裏目になったらどれだけのバッシングを浴びるか』、そんな思いも向こうには必ずあるはず。人間は良くも悪くも想像力のある生き物なのだから。ましてや向こうは、それくらい惨めに負けてきた経験の方が遥かに多いのだから。
バントにしたってヒッティングにしたって、それをやると心で決めただけでは100%成功するものでもない。こちらが読み勝って防ぐ可能性もあれば、向こうが勝手に失敗する可能性もある。単に不運なパターンもあれば、失敗への懸念がパフォーマンスを鈍らせるパターンもある。格上が格上らしく勝つというのも簡単なことじゃない。『勝ち上がれる強さ』と『勝ち切れる強さ』は別物。
格下である今の俺達にはもはや祈るしかできない。バニーズはまだ肝心な部分で弱いままだと、そう信じる他ない……
「ヒッティング!一塁線、抜けていった!抜けていった!!抜けていったァァァ!!!」
「「「「「うおおおおおおおおお!!!!!」」」」」
まさかの引っ張っての強いゴロ。ファーストのグコランは反応し切れず……
「セーフ!」
「三塁ランナーホームイン!」
(……!?しまった……!!!)
ライトの横笛がライト線を沿うように転がる打球めがけて全力ダッシュ、グラブを差し出し、最悪でも1点で防ぐためにも急いで打球を拾おうとするも、それが裏目になって後逸……
「セェェェェェフ!!!」
「二塁ランナーもホームイン!サヨナラ!サヨナラ!!サヨナラ!!!帝国シリーズ進出!赤猫、逆転サヨナラ!!バニーズ、3戦で決めましたストレート勝ち!!!」
「「「「「いやったあああああ!!!!!」」」」」
バニーズの選手達が二塁ランナーの生還を確信した辺りでベンチから飛び出し、少し遅れて伊達も右腕を掲げてグラウンドに出てくる。
「伊達ェェェ!!!お前なんちゅうことしてくれたんや!?最高やんけ!」
「バニーズ最強!マジ最強!!」
「閑たそぉぉぉ!!!!!」
「あのクソ弱かったバニーズが優勝してCSでも秋の風物詩なし……」
「これは大正義球団ですわ(ご満悦)」
二塁を駆け抜けた赤猫のもとに選手達が集まり、そして観客席も勝利に狂喜する。
……完敗だな。
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「村上監督。本日の試合、振り返ってみていかがでしたでしょうか?」
試合後のインタビュー。敗戦の将としての責務。もちろん応じるしかない。選手達の名誉のためにも。
「そうですね。あと一歩というところまでいけたんですが……選手達は本当によくやってくれましたよ。特に吉川がよく打ってくれましたし、投手陣も8回までは月出里の一発だけでバックもよく守ってくれましたし。最後の最後で読み違えた自分の責任だと思ってます」
実際は采配の読みとは少し違うが……やはり侮りがあったのも事実。それによってバニーズの底力を読み違えたというのも。おそらくノーアウト満塁にされて、『格下の戦い方』しかできなくなった時点で詰んでたんだろうな……
「今シーズンのリプからの帝国シリーズ進出はバニーズとなりました。同じリプで代表を争ったチームとして一言お願いできますか?」
「今年のバニーズは正直、シーズン中も強いチームだと思ってましたが、このCSでもさらに一皮向けたなぁという印象ですね。まだまだポテンシャルのあるチームだと思いますので、このまま帝国シリーズも制して、リプの野球のレベルの高さを証明してほしいと思います」
バニーズはもはや、月出里や風刃など、一部の選手にだけ頼ってるようなチームではない。他の若手も、ベテランも、そして指揮官も、この3戦で強いチームとしての戦い方をやってのけられるようになった。まったく厄介な話だ。
せっかく月出里を完封できてた鹿籠が打たれるようになってしまったことや、高座が来年以降も無事に稼働できるかとか、それから真野などの若手の伸び悩みとか、解決しなきゃならん課題は山積み。だが、来年こそはやってやるさ、必ず。




