第百四十三話 勝ち切れる強さ(6/?)
「7回の裏、バニーズの攻撃。9番キャッチャー、冬島。背番号8」
「2-0、バニーズのリード。この回はラストバッターの冬島から」
「冬島さん!ドカンと一発頼むっす!」
「幸貴くーん!ダメでも私を完封させてねー!」
「月出里」
「何です?」
冬島が打席に立ち、メンバーも熱心に声を出してる中で申し訳ないが、今の内にどうしても確かめたいことがあって月出里の近くへ。
「俺達を煽ったのはわざとか?」
「…………」
「責めたいわけじゃない。他の連中がどう思ってるかはともかく、俺個人としてはむしろこうやって勝機を掴めたことを感謝したいくらいだ」
「あのジジ……柳監督ならこうするかなーって思って」
「なるほど。ルーキーの頃にお前自身や若い連中があの人にやられたことか」
「今のあたしだったらできるかなーって思って……伊達さんにはできないというか、やる必要もなければやらない方が良いことですからね」
「……確かにな。お前だから言えることだな」
伊達さんは選手時代からのあの人柄の良さのおかげで指導者として経験が浅く実績がなくても、山口だけでなくチーム全体があの人を勝たせようと奮起できて、優勝まで漕ぎ着けられた一面はあるだろう。だがそのせいで、さっきの月出里のようなテコ入れをしてしまうと、その求心力を一気に失いかねない脆さもある。少なくとも、選手時代の負債の分もあって『勝たせた』という事実をもっと積み上げねばならん今は、"穢れなき神輿"でいるしかない。今年、大型連勝が目立ったがまとまった負けもそれなりにあったのはきっと、チームの良い状態を保つのが得意な反面、悪い状態を打開するのが苦手であるという証明。良くも悪くも波風を立てないのが伊達さんの監督としての色。
逆に月出里は正直言って、"嫌われ役"にはうってつけ。決して悪い奴じゃないが、その『決して悪い奴じゃない』が程良く浸透してるし、普段からチームメイトとの馴れ合いもあまりしない。それでいて野手としてのほとんどの部門において、チームの中で……どころかリーグの中でもトップの数字を叩き出した。月出里には悪いが、ウチでは一番の適任。伊達さんを長に据える限り、単純な戦力として以外でも必要不可欠な存在。
「金剛さんも言えると思いますよ」
「俺はそんな気の利いたことが言えるタイプじゃないし、お前ほど打てるわけでもない」
「でも若王子さんに勝ったじゃないですか」
「……!」
「まぁ若王子さんを追いかけるついででしたけど……若王子さんとホームラン王を競うことが何度もあったから、あたしがバニーズに入るまでにバニーズで一番よく知ってた選手は金剛さんでしたよ」
「……そうか」
サンジョーフィールドの空席が目立つ頃から腐らずにやって来たのは無駄じゃなかったんだな。若い連中だってちゃんと見てくれてて……
「月出里」
「はい」
「やっぱりホームラン王獲りたいのか?」
「もちろんです」
「悪いが来年は俺がもう一度ホームラン王だ」
「じゃあせめて同じ本数打ちます」
「ああ、それがきっと一番良い」
伊達さんと同じく、負けてきた分を取り戻すのにはまだまだ時間がかかりそうだからな。伊達さんが掲げた『黄金時代』にタダ乗りする気はないが、これからも頼らせてもらうぞ、月出里。
******視点:伊達郁雄******
7回の裏の攻撃が始まったばかりだけど、投手の起用については早めに準備。
「百々(どど)くん、今ちょっと大丈夫かな?」
「はい」
「あと2回、どうする?」
「もちろん投げます。最低でも次の回だけは絶対に投げ切らせて下さい。点は取らせませんから」
「まぁこのまま投げてもらう分にはありがたいけど……どうしたんだい?えらくやる気満々だね」
「そりゃもう、帝シリがかかったマウンドなんですから。それに……」
「それに?」
「……いえ、何でもないです」
「?そ、そっか……」
何にせよ今日の内容の百々くんができる限り投げてくれるのならそれが一番良い。イェーガーがポストシーズンに入ってかなりやる気を出してくれてるけど、後の帝シリも考えたらあんまり連投はさせたくない。
「レフト下がって……」
「アウト!」
「捕りましたスリーアウトチェンジ!バニーズ、この回は3者凡退!」
「幸貴くん、この回もお願いね」
「ハイ!」
・
・
・
・
・
・




