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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第四章 黄金時代
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第百四十三話 勝ち切れる強さ(5/?)

「0-0、同点のまま6回の裏、ツーアウト一塁。打席にはベテランの金剛(こんごう)。チームで唯一のホームランキング経験者、今年は規定打席まであともう少しのところでしたが、変わらぬ長打力でチームの25年ぶりの優勝に貢献。今日は4番でスタメン出場、先ほどの打席でライト前と、しっかりと結果を出してます」


「「「「「ホームランホームラン金剛!!!」」」」」


 もう15年以上戦い続けてきたホームグラウンド。前までと比べて本当に賑やかになった。今観客席にいるファン……特に若い人間は多くが月出里(すだち)風刃(かざと)氷室(ひむろ)辺りを目当てに来るようになったのだろう。きっと俺が若王子(わかおうじ)さんに勝ったことだって、せいぜい数字の上でしか知らないのだろう。それでも俺がこうやって打席にいる間は、こうやってチームの主役にしてくれる。ありがたい話だ。

 もちろん、この声に応えたい。当然、そういう気持ち。だがプロ野球はどんな場面であろうと、結局『打者は3割打って一流』で収束する。それが『打者の当たり前』。良い場面で主砲が主砲らしくゲームを動かす一発を放つとか、そういう都合の良い展開になることなど、それもまた『3割』あれば上等くらいのもの。投手の失投を祈るしかない部分もあるにはあるしな。

 大事なのはそういう現実と向き合って、自分を律して『いつも通り』を貫くこと。野球ゲームじゃチャンスで能力の上がる打者もそれなりにいるが、現実は打者も投手も、お互いに『良い場面、悪い場面という重圧による下り幅の少なさ』を競ってるようなもの。『投手は多くの部分が自分との勝負』だと言うが、打者だって少なからずそういうところがある。

 欲張らない。欲張りすぎない。『自分のいつも通り』ができたら結果は必ずついてくる。『3割』の現実を頭半分で理解しつつ、それを盲信するしかない。


「ストライーク!」

「豪快なスイング、しかし空振り!まずはチェンジアップから入ってきました!」


「うーん、力んどるなぁ……」

「いや、でも金剛ならこれでええやろ」


 そして、伊達(だて)さんが『追い込まれても大丈夫』みたいなことを言ってたが、俺は月出里や十握ほど器用でもない。今のでスイングを止めてボールカウントを稼ぐのがベストなんだろうが、それとベストなスイングを両立できたら苦労しない。

 高卒ながらドラ1指名されたものの、最初は三振ばかりで地雷扱いされ、それなりに早くにホームラン王を獲ってもその後は怪我もあって成績が安定せず、心身共に痛みを伴ってようやくここまで漕ぎ着けられた。裏を返せばそれだけ同じプロ同士の中でも特に努力を重ねてこれたという自負でもある。

 だからそこも割り切る。ただただ狙い球を絞って思いっきり振る。たったそれだけ。


「「!!!」」

「痛烈!これも一二塁間破った!」


「「「「「おおおおおおおおおお!!!」」」」」


 それで3割の確率で"ヒーロー"になれれば儲けもの。そうじゃなければ『打者の当たり前』を持ち出して『ごめんなさい』と言えば良い。それだけのこと。


「セーフ!」

「ツーアウト一二塁!繋ぎました金剛!!」


「ええぞええぞ金剛!」

「それでええんや!無理せんで繋げばええねん!」


 本当はホームランを狙ってたはずがシングルになってしまっても、どんな形であれ出塁に成功した打者は後から『狙ってそう打った』と言える権利がある。『ファンの言う通りにした』と言わんばかりに、ファンに向かって左腕を掲げて応えてみせる。


「5番ファースト、天野(あまの)。背番号32」


「ここでチッヒかぁ……」

「マッツが先のパターンならシングルで1点狙えたけどなぁ」

「ちょっと前までチッヒが将来の4番やと思ってたのになぁ……」


 お前達も月出里にあんなこと言われた以上、続くしかないだろ?だからこれで良い。


(コイツはとりあえず外スラで……)

((あい)ちゃんそんなこと言っても、最初はぼくよりも打てなかったでしょ?一番最初に一緒のチームで試合をした時だって、ぼくはこうやって打ったし……!)

「!!逆方向!ライン際、これは……」

「フェア!」

「フェア!フェアです!!長打コース!!!」


「「「「「おっしゃあああああ!!!」」」」」


「セーフ!」

「二塁ランナーホームイン!1-0!!バニーズ、ついに先制!均衡が破れました!!」

駒形(こまがた)の持ち味、外のスライダー。無理に振り回さずに綺麗に右に持っていきましたね」


「「「「「天野!天野!天野!天野!」」」」」


「アルバトロス、選手の交代をお知らせします。ピッチャー、駒形に代わりまして……」


 このタイミングで先発を降ろして、左の松村(まつむら)に対抗して左のリリーフ。まぁセオリー通りだな。


(セオリー通り、大いに結構。あの時と同じ状況ですから)

「6番ライト、松村。背番号4」

(一番最初……まだ月出里さんがショートを守るので一杯一杯だった頃。早乙女(さおとめ)さん相手に勝ち越し打を放った時と同じ)

「なおもツーアウト二塁三塁、打席には松村。今日はまだヒットがありませんが……」

「ボール!」

「ますは外!スライダーから入ってきました!」

(逃げる球を逆らわず、それでいて飛ばす。しかし私は天野さんほどの力はありません。ですが結局ヒットというのは……)

「!!これも外の球打って……ショート後退、レフトは前進……落ちましたヒット!」

(『相手野手のいないとこに落とせば勝ち』ですよ……!)

「セーフ!」

「三塁ランナーホームイン!2-0!技ありのヒットで松村も続きました2者連続タイムリー!」


「やるやんけマッツ!」

「うーん渋い……」

「さす天」


「金剛さん、ナイバッチっす!」

「お疲れ様!」


 この瞬間のヒーローが歓声を浴びる中、チームメイトからの祝福を受けつつベンチへ戻る。


「金剛さん」

「月出里……」

「すごいじゃないですか、『やっぱり』」

「だろ?」


 そうだよな、月出里。やっぱりお前はそういう奴だ。


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