第百四十三話 勝ち切れる強さ(1/?)
******視点:伊達郁雄******
10月17日。CSファイナルステージ1戦目を何とか獲って、なるべくまっすぐ帰宅。僕もカミさんも生まれ育ちは宮城だけど、仕事の関係でもう20年くらい……つまり人生のほぼ半分が大阪暮らし。選手時代にFAはしないと決めてから、こうやって家も買った。
「お父、おかえり!」
「ああ、ただいま」
息子の綾人も大阪で生まれたから、言葉遣いも大阪のもの。僕もカミさんも40代だから親がまだ健在で地元に残ってるけど、家族という単位でならもうほぼ完全に大阪の人間。出汁の効いた薄味にももう慣れて、時々家でたこ焼きパーティーなんかもする。
もちろんそれはつまり大阪にも愛着があるってことだけど、抱えてる思いはそれだけじゃない。選手としても監督としてもなかなかバニーズを勝たせられなくて、そのせいで特に綾人には肩身の狭い思いをさせた。"地元の球団が弱い原因の息子"としてね。だから、ここに家族を暮らさせていることに一種の負い目もあった。この家も却ってカミさんと綾人を辛い環境に縛り付けてるんじゃないかとか、そんなことを悩んだりもした。
「すぐご飯にするわね」
「ああ、ありがとう」
「いやぁもうめっちゃペコいわ〜」
「綾人もまだ食べてなかったのかい?」
「当たり前やん。お父待つに決まってるやん」
そんな境遇だったのに、綾人には16になってもいまだに反抗期が来ない……いや、ないままならないままでありがたいんだけど、反抗期になったらバニーズが負けまくってきたこととかそれで揶揄われたこととかそういう溜め込んでた不満が爆発するんじゃないかって、ずっとビクビクしてたんだよね。っていうか今でも。なのに反抗期どころかこうやって父親を立てくれる良い子に育ってくれて、小学校から僕の影響で野球を始めて、高校に入った今でもずっとキャッチャーとして野球を続けてて、それが逆に怖いと思う部分が正直ある。
そういう不発弾らしきものを抱えてる状態だから尚更、もうバニーズを暗黒時代に後戻りさせるわけにはいかない。そのためにも今日の試合は反省が必要。
今日の勝ちも結局はペナントレースから変わってない。チームが勝ち慣れてないのを、月出里くんとか風刃くんとかの飛び抜けた実力で強引に埋め合わせただけ。チームそのものが完全に強くなったとは断言できない。スーツアクターが優秀でも、ガワがボロボロな着ぐるみのようなもの。よほどもつれ込まない限り風刃くんがCSでもう1回投げるってことはないし、もし投げるとなると帝国シリーズの先発起用にも影響が出てしまう。そして帝国シリーズに出るってなれば、リーグの違いはあれど同格の王者を相手にする。今更とも言えるけど、今からでも戦力を底上げする必要がある。
「……ん?お父、ケータイ鳴ってるで」
「あ、ほんとだ」
バイブにしてて気付かなかった。綾人からスマホを受け取る。発信者は……月出里くんか。ということは……
「もしもし」
「あ、お疲れ様です」
「月出里くん、腕は大丈夫だったかい?」
「今診断終わったとこです。打撲ですね」
「やっぱそんな感じか。痛みはあるかい?」
「試合中はアレナドリン出てたのかあんまり気にならなかったですけど、今は正直ちょっと痛いです。試合は明日も普通に出られると思いますけど……」
「『アドレナリン』ね……まぁ折れたりはしてなくて良かったよ」
「それならもちろん鹿籠さんにキッチリ落とし前……あ、いや何でもないです」
「……聞かなかったことにするよ」
やっぱりヴァルチャーズ戦の時のアレって……まぁ確かに月出里くんの打撃技術ならあるいは……いや、考えるのはよそう。僕だって人間だから優勝争いの真っ最中に十握くんと宇井くん2人もやられて全く何も思わなかったわけじゃないし、少なくとも積極的に加害者になったりしない限りは目を瞑るということで。
……一応、『バニーズの優勝』という高すぎる最低限の目標は達成できた。ここから先の名誉は延長線上のもの。短期決戦なら月出里くんがいたとしても負ける可能性は十分ある。それに十握くんの今年1度目の離脱の時のこと、あと今のチーム状況を考えたら、ここはいっそ……
「月出里くん、ちょっと相談があるんだけど……」
「?何です?」
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