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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第四章 黄金時代
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第百四十二話 折り合い(8/8)

「バニーズ、選手の交代をお知らせします。ピッチャー、風刃に代わりまして、イェーガー。ピッチャー、イェーガー。背番号99」


 ……!代えてきたか、最後の最後に。それも雨田(あまた)じゃなく。


「また、レフト、金剛(こんごう)に代わりまして、相模(さがみ)がレフトに入ります。5番レフト、相模。背番号69」

「先発の風刃は112球を投げ、8回無失点、被安打4、無四死球、10奪三振で降板。9回のマウンドはイェーガーに託されます。今シーズンは49試合に登板し、防御率0.97。経歴に違わぬ活躍を見せ、不動のセットアッパーとして定着しました」


 ポストシーズンでセーブ数などにこだわる必要がない以上、確かに1点差を確実に逃げ切るのならイェーガーの方が適任だろうが、ここにきて積極的に切り札を切ってきたな。イェーガーは故障歴があるからか実力の割に登板数がそこまで多くなかったのに……


(イェーガーは契約の関係で、『年間50試合、50イニングスまで』という決まり。けどそれはあくまでペナントレースだけの話で、ポストシーズンはそのカウント外。そこはちゃんとイェーガーとも合意を取ってる。というかむしろ向こうから申し出てくれた。チームの現状を(かんが)みて折り合いをつけてくれた、という感じでもない)

(私とていち選手。メジャーだろうが日本だろうが、プロだろうがアマだろうが、選手ならどんな環境でも頂点を()るのが本懐。給料の高い安いも関係なくな。前評判通りの弱小チームならこの1年で手を切るつもりだったが、同じ投手だけでも風刃(カザト)山口(ヤマグチ)と、想像以上にできる奴揃い。ここまでやれるのなら多少のサービス残業くらい目を瞑るさ)

「9回の表、アルバトロスの攻撃。1番センター、高座(こうざ)。背番号4」

「1点ビハインドの最終回、1番からの好打順となります。今日は風刃相手に2安打の高座。今シーズンは惜しくも3割到達とはなりませんでしたが、キャリア初の全試合出場で安打を重ね、月出里(すだち)と並ぶ169安打で最多安打のタイトルを獲得。盗塁の数でもリーグ2位」


 一応、いつも通り球数を稼ぐというのは果たせた。それで最後の最後で風刃を降ろすことができた。向こうとしても当たってる高座を警戒してのことだろうが、同じ右投手。スピードや球威は風刃ほどではない。


「ストライーク!」

「まずは147km/h、外低めまっすぐ!見送ってストライク!」

(初球からこのコースですか〜、ほんといやらしいですね〜……)

「ファール!」

「三塁線切れました!2球であっさりツーストライクと追い込まれました高座!」

「今のはツーシームですかね?」


 だが、このコマンド。打者の左右、内外高低関係なくストライクゾーンを余すことなく活用できる制球力。


「ボール!」

「外!今度はカーブで来ました!」

「ファール!」

「外高め!合わせました!」

(ならこれはどうだ?)

(……!入ってきますね〜!)

「ファール!」

(やるな。今のを合わせてきたか)

「これも三塁線切れました!」

「インコース、フロントドアのカットボール。見逃せばストライク。ほんとに引き出しが多いですねぇ」


 風刃とは持ち球が意外と被ってるが、毛色が全く違う。風刃は別にノーコンというわけでも荒れ球というわけでもないが、それでも基本は球威を重視して、最低限ストライクゾーンを通れば良いというスタンス。それに対してイェーガーはこうやって意図的に、狡猾にストライクを(かす)め取ろうとしてくる。ぶっちゃけどちらかと言えば風刃の方がリリーフ、イェーガーの方が先発っぽい投球スタイル。

 ただ、それぞれの特色はどうあれ、目的には適ってる。基本的にエースが最も多く勝ち試合を作れる以上、そのエースとタイプが異なる投手を勝ちパターンに据えることで打者の『慣れ』を潰すのは、戦略的にすこぶる効率的と言える。


「これも当てました!しかしこれはセカンドへの平凡なゴロ……」

「アウト!」

徳田(とくだ)捌いてまずはワンナウト!」

(う〜ん、参りましたねぇ。打てる球が1球もなかったですねぇ……)


 投手がなるべく良い成績を挙げる方法は基本的に2つ。球威なり変化量なりで打ちにくい球を投げ続けるか、打者がなかなか打てないコースに球を集めるか。大体の投手は平均球速を上げるなどで前者を選ぶ。その方が身体の負担はともかく投球の上でのリスクが小さい。昔は『球速は才能』と言われてたが、今の時代はむしろ制球の方がそう言われてるところがあるくらいだしな。こういう毎年のように好成績を挙げられる制球重視の投手というのはなかなかにレア。


「引っ掛けた!ファースト前進、一塁へトス……」

「アウト!」

「これでツーアウト!」


「うーん3939……」

「防御率0点代はやっぱ伊達やないな」

「1点リードでメガネ劇場はキツかったからマジありがたいわ」


「打ち上げた!センター落下点に入って……」

「アウト!」

「最後は最年長野手、赤猫(あかねこ)が捕って試合終了!1-0!バニーズ、球団史上初のCSファイナルステージを見事勝利で締めくくりました!」


「「「「「おっしゃあああああ!!!」」」」」


 ……今日は仕方ない。だが、決して悪い状況ではない。今日の向こうの勝利は月出里(すだち)に風刃、イェーガーと、最大戦力をふんだんに使っての力技。そしてその割に要所要所で出し惜しみをして勝ちきれないところもあった。チーム全体で見ればまだまだ"横綱相撲を知らない横綱"のまま。勝機はある。

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