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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第四章 黄金時代
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第百四十二話 折り合い(7/?)

「8回の裏、バニーズの攻撃。4番指名打者、十握(とつか)。背番号34」

「1-0、バニーズの1点リードのまま8回の裏に入ります。打席には今日4打席目の十握。今シーズンはペナントレース最終盤に無念の故障離脱となりましたが、昨シーズンに続いて同じチームの月出里と首位打者を争いながらチームの躍進に貢献しました。今日は定位置のレフトへの復帰とはなりませんでしたが、3打数1安打、離脱前からの持ち味を変わらず発揮しております」


 こちらも打ちあぐねているが、向こうもあと1本が出ない状態。4版の十握から攻撃開始ということは当然、前の回のラストバッターは月出里(すだち)赤猫(あかねこ)の2本目のヒットの後に盗塁を許して3度も得点圏のお膳立てを許してしまったが、肝心の月出里はセンター真っ正面のライナー。脅威は健在だが、ツキはまだある。


「ボール!フォアボール!」

「選びました!先頭バッター出塁!」


 ……先頭が出るの自体は向こうにとって手放しで喜ぶべきことだろうが、伊達(だて)からしたらかなりの悩みどころだな。


(十握くんは特別脚が遅いわけじゃないけど、代走を出すべきか……一応リードしてる状況で、実質この回が最後の攻撃になることも考えられる。指名打者だから守備を考える必要はないけど、場慣れさせる意味でも相模(さがみ)くんを出すべきか……でも逆転も全然あり得るこの点差で十握くんの打力を手放すのは……となるとやっぱり……)

「バニーズ、選手の交代をお知らせします。一塁ランナー、十握に代わりまして、オクスプリング。4番代走、オクスプリング。背番号54」


「おっ、ここでイギリス人か」

「一応346よりは脚速いな」

「346病み上がりやしな。ヒット1本で四球1個ならようやったわ」


 なるほど、折衷案といったところか。打力をできるだけ落とさず、それでいて一定以上の走力、そして十握に無理をさせないこと。他の選手を代走だけで消耗しないのも良い。確かに利点が多く、『コスパ』という観点ではベターな選択ではある。


「これは当てただけ!サード前進、ボテボテのゴロ……」

「アウト!」

「一塁送球アウト!この間に一塁ランナーは二塁へ!」


「ナイス最低限!」

「前に飛ばせば何か起こる!」


「打席には先ほどツーベースの天野(あまの)……」

「ストライク!バッターアウト!」

「見逃しの三振ッ!外まっすぐ、手が出ませんでした!」


「前に飛ばせば何か起こる……」

「さっきの長打はアリバイ作りか何か?(憤怒)」


「7番ファースト、松村(まつむら)。背番号4」

「ツーアウト二塁で打席には松村。今シーズンは開幕スタメン、既定には届きませんでしたが一時はクリーンナップを任されるなど、勝負強さを随所で発揮してきました。しかし今日はまだヒットがありません」


 確かにノーヒットだが、天野と違ってちゃんとどの打席でも前には飛ばせてる。たまたま守備範囲に入っただけで、進塁打も打ててるし、内容はそこまで悪くない。いつ1本目が生まれても不思議じゃない。


「!!変化球打って……ライトの前!」


「「「「「よっしゃあああああ!!!」」」」」


 こういう推測は当たってほしくないんだがな……膝下のボールくさいシンカーを……!


「二塁ランナー一気にホームへ!」

(やらせへんっちゅーねん!)

「ライトバックホーム!タッチは……」





「セェェェェェフ!!!」

「ホームイン!……っと、ここで村上(むらかみ)監督……リクエストです!」


 当然だ。この1点は絶対にやれん。

 それに、根拠だってある。


「「「「「……!!!」」」」」


「アウト!」

「判定変わりました!ホームタッチアウトでスリーアウトチェンジ!バニーズ、追加点ならず!」


 やはりな。滝谷(たきたに)はちゃんとタッチしてたし、何よりも横笛(よこぶえ)の強肩。今はまだ野手一本だが、幾重(いくえ)に憧れ二刀流を志してるだけある。


「「「「「サンキューデブネキ!」」」」」


「誰がデブネキや!?」


(風刃の代わりに走るのもままならんなんてな……守備できひんからスタメンからも外されるし。来年以降もどんどんチームが強くなっていったら、ウチなんてほんますぐにお払い箱やな……)

(クッソォ、クロスプレーなら自信あるのに……いや、自分で信頼手放したんだよな、俺……)

(……難しいものだね、野球というやつは。結果として中途半端になってしまった。そもそも代走だけ相模くんにやらせる手もあったのに。サードもできる相模くんをなるべく無駄遣いしたくないっていう貧乏性が仇になったか……)


 『相模の脚ならギリギリ間に合ってた』……伊達の胸中はそんなところだろう。


 『コスパ』というのはある意味では『最大値に対する妥協』。もちろん、最大値を求めることがコスパの観点でも優れている局面もあるが、今の貧乏な世の中じゃ『パフォーマンス』よりも『コスト』の方が優先されがちで、大抵の場合『安い物の中からなるべく良い物』という場面で重視されがち。

 まぁ……その『コスパ』のために『HIVE(ハイブ)』に頼ってるウチが言うのも何だがな。アレを使うということは、仮に今年のようにヴァルチャーズよりも上位に立ったとしても、逆に負けまくっても、どう転んでも『ヴァルチャーズの親会社の恩恵に預かった』という事実は絶対に残るのだから。『自分達の力だけで真正面から打ち破る』という最高にカッコイイ勝ち方を最初から放棄せざるを得ないのだから。

 そういう意味では、リプで唯一『HIVE』に頼ってないのに優勝したバニーズを羨ましく思えるし、好ましくも思える。もう1つの『HIVE』に頼ってない球団……シャークスは妃房(きぼう)を欠いたことでバニーズとは対照的に実に残念な結果に終わってしまったからな。どちらか一方くらいは頂点に立ってくれた方が、はたから見てる分には面白い。

 それに、伊達の判断にしても結果的に不正解になってしまったが、正解になる可能性も十分にあった。根拠も十分にあった。俺だってあの局面で伊達の立場なら同じことをしてたかもしれない。ただ結果として、選手達個々が出した結果を最後に1人で台無しにしたのは確か。しかも選手達と違って直接プレーをしたわけではなく、単に判断しただけで。そういう意味では、監督というやつはどこまでも有力で、どこまでも無力なもの……

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