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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第四章 黄金時代
929/1151

第百四十二話 折り合い(6/?)

「5回の裏、バニーズの攻撃。9番ショート、宇井(うい)。背番号24」


 ペナントレースではないから5回まで投げ切ることにそこまでこだわる必要はない。ただ、勝ちパターンまでがまだ少し遠いし、ここまでの鹿籠(こごもり)の球数は60球弱。悪くないペース。できればもう2イニングスだな。


「チェンジアップ拾い上げた!しかしこれはレフト落下点に入って……」

「アウト!」

「1番センター、赤猫(あかねこ)。背番号53」

(入ってくる……!)

「スライダー打って……」

「アウト!」

「しかしこれはショート、レオパルドの守備範囲内!ショートライナーでツーアウト!」

「バックドアのスライダー、上手く払って打ったんですけどねぇ」


 よしよし、球威も制球も健在。赤猫を上手く打ち取れるかがある種のバロメータだな。


「2番セカンド、徳田(とくだ)。背番号36」

(今日はチェンジアップが良い感じに低めに決まってる。追い込まれる前に叩く……!)

「!!ストレート捉えて、ライト線……」

「フェア!」

「長打コース!」


「「「「「おおおおおおお!!!」」」」」


「セーフ!」

「スタンディングダブル!徳田、ツーアウトからチャンスメイク!」

「少ーしベルトに近い高さ、外めの球でしたが思いっきり振り抜けましたね」


「ナイバッチかおりん!」

「腐っても2年連続3割なんだよなぁ……」

「っていうかこの状況……」


「3番サード、月出里(すだち)。背番号25」


「「「「「ちょうちょ!ちょうちょ!ちょうちょ!ちょうちょ!」」」」」


 ……徳田には地味に仕事をされてるな。今日2回目の得点圏月出里。

 今年のペナントレース、多くの試合で1番を担ったということは、打力にあまり優れない下位打線を実質前に置いてることが多かったということ。それで月出里は打点も2位。ほぼフル出場で打席も稼げたとは言え。つまりはそれだけ勝負強さも兼ね備えてるということ。


(最初の打席の分、やり返すチャンスではある。前に聞いたヴァルチャーズ戦のことを考えると、向こうもさっきの打席を考えたら別の意味でやり返すチャンスだと思ってるかもしれない。でも、ピッチャーは元よりキャッチャーの次にバッターに近い位置を守ってる。そしてわたしはそんなポジションを望んだ。丁重に扱ってくれるとわかってた"スラッガー"としての役割を捨ててでも。だからそのことで怖がるつもりなんてない。仮に本当にそういう『報復』を狙ってやれるとしても、こっちだって実力でさせなければ良い話だし。そんなことよりも……)

「!!初球打ち!これはレフト大きい!!!どうだ!?入るか!!?」

(ッ……!!!)


 まずい……!


「「「「「おおおおおおお!!!」」」」」






「ファール!」

「ああ、これはレフトポール際、切れましたファール!」

「真ん中外目、これも思い切って引っ張りましたね……」

「打球速度186km/h、非常に痛烈な当たりでした。飛距離はもちろん十分……」


(まっすぐを簡単に捉えられてしまう……そのことの方が……)

(チッ……1本消えた分、せめてここで取り返したかったのに……)

「ボール!」

「ボール!」

「ああっと、これも外外れました!」

「この辺の選球眼は流石ですねぇ。グリップがピクリとも動かない。打ち直したい気持ちはあるはずですけどねぇ」


 死球を受けた打者というのは、その痛みや恐怖で打撃が狂ったり、そこまでではなくとも内側の球を過敏に恐れてしまうことも珍しくないが、こんなふうに逆に闘志を(たぎ)らせる奴もたまにいる。実際に避けられるだけの能力を持ってることが裏打ちされている部分もあるのだろうが、それ以上に負けず嫌い。まだスイング1回でも意地でも打ち返してやろうという意思がありありと伝わってくる。だがその一方でこの冷静さ。プロの世界で10年20年生きていける素養。実際に大卒でプロを20年以上やってきた俺が言うんだから間違いない。


「ボール!」

「これも高め、大きく外れてしまいました!スリーボールワンストライク!」


「よっしゃよっしゃ!ピッチャービビってる!」

「今度こそ(あおい)姉貴攻略や!」

「落ち着いてけやちょうちょ!」


(勝負したい。逃げたくなんかない。ちゃんとそう思ってるのに……!)


 苦々しい表情の鹿籠。おそらく胸中にあるのは自分への怒り。

 難しいものだな、野球というものは。去年は鹿籠と月出里の相性を生かして鹿籠をなるべくバニーズ戦にぶつかるようにローテを組み、バニーズから勝ち星を稼ぎ、2位まで浮上できた。その時点まではその運用は間違いなく正解だった。だがそのせいで、今年は鹿籠と月出里の相性が裏返ってしまい、月出里個人にしてもホームランが打てるように成長を促してしまった。その結果、ウチは2年続けて王座を目の前にして倒れてしまった。

 つまり、今年まで含めて考えれば、俺達はリソースの割き方を誤ってしまったということ。『月出里の鹿籠への不慣れ』というアドバンテージを上手く生かしきれなかったということ。月出里の潜在能力を侮ってしまってたということ。

 ……いや、こういう反省は今年の勝負が全部終わってからだな。今やるべきは、目の前のこの局面を乗り切ること。


「おっと、ここで村上(むらかみ)監督が出てきて……申告敬遠です!」

「まぁここは仕方ないですねぇ」


「おいおい、そらないやろ村上はん!」

「勝負せんかい勝負!」


「アルバトロス、選手の交代をお知らせします。ピッチャー、鹿籠に代わりまして……」

「そしてここでピッチャー交代です!」


「おお……もう……」

「何でだよ!葵姉貴ならまだやれるだろ!?」

「まだ1失点だろ!?"エース"を、"ウサギキラー"を信じろや!」


 急にグラウンドへ出てきた俺の姿をしばらく呆然と見つめた後、顔を伏せる鹿籠。観客席からの不平不満が、そんな鹿籠へのせめてもの慰め。

 戦いたい気持ちはむしろプロとして好ましい。だが、ここは折り合いをつけてもらわねばならん。


「ナイピー!」

「よくやったよくやった!」

「……はい」


 観客席やベンチメンバーの労いを受けながらベンチに戻ってきた鹿籠。当然、表情は暗いまま。


「すまないな、鹿籠。前のヴァルチャーズ戦のがあったから鹿籠を守るためにも元々月出里の打席で交代する予定だったんだが、タイミングを逃してしまった。いやはや、歳を喰うといかんな」

「……そうですか」


 もちろん、これは建前。


(『頼りにしてる』って言ってくれたのに……ううん、そうじゃないよね。わたしが前までみたいに月出里さんに勝ててたら……)


 さっき"エース"として持ち上げまくったのも裏目だな。全く、俺も反省点だらけだ。だが、プロの世界は勝つのが一番の責任の取り方。鹿籠のためにも、この1戦を捨てるつもりはない。


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