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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第四章 黄金時代
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第百四十二話 折り合い(5/?)

「6番ライト、天野(あまの)。背番号32」

「4回の裏、1-0、ノーアウト満塁。バニーズ、追加点のチャンスで打席には一発のある天野。ペナントレース最終戦でも一発を放っています」

「最低でも外野までは飛ばしたいですね」


「ホームランホームランチッヒ!」

「ここで打ちまくって1戦目もらうで!」

「まぁこの状況なら1点くらいは取れるやろ」


 短期決戦……となると投手の運用でも積極的に動くのも手だが、ここは……


(いつも通りにやればいける。いつも通りフライを上げて……!?しまった……)

「初球打ち、打ち上げた!しかしこれはサードファールゾーン……」

「アウト!」

「サード柿原(かきはら)、捕りました!ワンナウト!」


「「「「「えぇ……」」」」」


 やはりな。


「7番ファースト、松村(まつむら)。背番号4」

「引っ掛けた!前進守備のファースト真っ正面、高いバウンド……バックホーム!」

「アウト!」

「ファーストは……」

「セーフ!」

「8番キャッチャー、冬島(ふゆしま)。背番号8」

「これも引っ掛けた!サード捕って、そのまま三塁踏んで……」

「アウト!」

「アウト!スリーアウトチェンジ!バニーズ、ノーアウト満塁を生かせず!」


「おいィ!?ン何やっとるんじゃ!!?」

「向こう制球荒れてたんやから四球とまではいかんでも甘い球待てばええのに……」

「シーズン最後の試合と言い、ほんまいつまで経ってもちょうちょとかえいりーんとかにおんぶに抱っこやな……」

「346を骨折したのに無理して出すわけやわ」

「優勝チームやのに恥ずかしくないんか!?」


「「「…………」」」


 入れ替わりで一塁に出た松村、そしてラストバッターの冬島が(うつむ)きながらベンチへ引き上げる。

 ……『優勝チームなのに』ではなく、『優勝チームだから』、だろうな。


 野球に限らず何事も勝ち方というのは大きく分けて2通りある。『強者としての勝ち方』と『弱者としての勝ち方』。

 例えば投資の場合、リスクを極力回避しつつ安定して資産を増やそうとなれば相応の元手が必要。もとよりそれなりの資産を持っているのであれば、高レバレッジを用いたり特定の銘柄に一点集中するなどの無茶な運用をするのは得策とは言えない。

 例えば相撲の場合、小兵の格下力士が大柄な格上に立ち向かわんとするなら、真正面から押し相撲を試みるなど無謀でしかない。逆に"横綱"が他の格下力士相手に手段を選ばずに勝ちにいけば、名誉に差し障る。

 トレーディングカードゲームでも、勝ってる状況で勝ち切るのに長けたカードもあれば、不利な状況ほど大きなアドバンテージが得られるカードもある。自分の立場や状況によって、適した勝ち方などいくらでも変わる。


 今年のリプにおけるバニーズは戦績や単純な戦力だけで言えば誰も文句のつけようのない"横綱"。だがほんの去年までは幕内にすら入れないような立場だった。負け続けてきた分、失うもののない状態でなりふり構わず勝ち上がれば良いだけだったのに、急に名誉とかそういう(かんむり)(いただ)いた状態で俺達を迎え撃たねばならない立場になってしまった。『負けてもまぁ仕方ない』と言われなくなり、『勝って当たり前』と言われるようになってしまった。CSというのは上位チームがより有利な条件で戦えるから尚更な。

 月出里(すだち)風刃(かざと)のように個としても頂点に立った者ならその実力で立場の重圧を強引に誤魔化せるだろうし、同じ頂点にいるということでの気持ちの余裕もあるだろう。だが、『チームの躍進に比例している』と言えるほど個としての実力をこの1年で引き上げられなかった者達にとっては、その慣れない名誉が却って重圧になっている部分があるはず。『他の主力のおかげでこの立場にいる』という一種の罪悪感のようなものや、『自分がこの立場にいても良いのだろうか』という疑問も、おそらく心のどこかにまだ潜んでいるのだろう。

 だがもちろん、この好機はいつまでも続くものじゃない。月出里(すだち)風刃(かざと)などがいる時点で来年も優勝争いをする可能性は大いにあるし、他のメンバーもこのCSを通じて成長することもあり得る。下剋上をせんとするなら、"横綱相撲の取り方を知らない横綱"である今の内に勝たねばならん。1戦目から風刃を使ってきたのはある意味では僥倖(ぎょうこう)。裏を返せば、『向こうの打線がちゃんと機能する状態での対風刃』という最悪のパターンはひとまず回避できたのだから。


「お疲れ!よく乗り切ったな、鹿籠(こごもり)!」

「ひゃ……!?ひゃい!すすすすみません、グダグダになっちゃって……」

「何、ホームベースを踏ませなけりゃ上等だ。お前は良くやってくれてる。大神(おおがみ)やはぎ……荻原(おぎわら)を先に出してでもファイナルステージにお前を持ってきたんだ。頼りにしてるぞ、"エース"」

「うぇ……ウェヒヒヒ……あ、ありがとうございましゅ……」


 わざとらしいくらいに、ベンチに戻ってきた鹿籠を労う。今日を()るためにも、鹿籠には気分良く投げてもらって、最小失点で乗り切ってもらわねばならん。


「ストライク!バッターアウト!」

「ファースト正面!そのまま一塁踏んで……」

「アウト!」

「強いゴロ!しかしサードよく捕った!一塁送球……」

「アウト!」

「アウト!月出里、守備でも魅せます!これでスリーアウトチェンジ!風刃、この回は三者凡退!1点のリードを守り切っております!」


「「「「「えいりーん!!!」」」」」

「実家のような安心感」

「打線があんなんやからほんま頼りになるでぇ……」


 ……そしてもちろん、勝つためにはこっちも最低2点を取らねばならんのだが。

 ウチは比較的、風刃と相性が良いはずなんだがな。今年の初戦でもとりあえず勝ちは許さなかったし。だがここにきてこのピッチング。全く手強い男だ。

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