第百四十二話 折り合い(4/?)
「6番ライト、横笛。背番号51」
毎回ヒットは出ている。だがこの4回までスコアは1-0のまま動きなし。
「!!高いバウンド!ショート前進して、一塁どうだ……!?」
「アウトォォォ!!!」
「間に合いました!ショート宇井、好プレーが出ました!」
「捕ってから投げるまでが速いですし、こういう状況でも慌てず、それでいて無駄のない動き。本当にこの1年で成長しましたね」
「やるじゃん朱美!」
「サンキューっす!」
「か、かっこいいタル〜」
「あけみんを上げたくてあげるんじゃない上がってしまう者があけみん」
「あのデブネキ、意外と脚速いな……」
「これでスリーアウトチェンジ!風刃、この回もランナーを出しましたが無失点ピッチングが続きます!」
宇井は当初サードとして育成予定だったと聞く。それに打撃の確実性の無さもあって、『ショートは無理にでも相沢か月出里を優先すべき』という声も少なくなかったが、この1年で守備の安定感については確実に成長してる。そして高卒2年目でありながら大体の試合でスタメンショートで起用されようが骨折も危ぶまれるほどの死球を浴びようがシーズンを完走し、さらにポストシーズンでもああいうダイナミックなプレーを繰り出せるほどのスタミナと強靭な肉体。大柄な身体とそれに恥じない長打力。月出里に引けを取らない地肩の強さ。この1年を投資したのは間違ってなかったと言えるだけの将来性はある。
正直なところ、これでもまだ総合的な守備力は相沢や月出里の方が勝っていると思うが、宇井がショートに専念することで月出里が打つ方にリソースを割けて、結果的にチーム全体の戦力を底上げできている部分はあるはず。
「4回の裏、バニーズの攻撃。3番サード、月出里。背番号25」
向こうは2回3回、3者凡退。つまり鹿籠はきちんと勤めを果たしている。マーク対象の赤猫も、2巡目はコーナーを突いて上手く打ち取れた。問題はコイツ……
「ちょうちょ!もう1本頼むで!」
「今までの分やり返せ!」
(とりあえず外に逃げることさえ意識しておけばもうあのまっすぐは怖くない。インコースに来ても身体で反応して最悪当てることはできる。この打席でも外に張る)
(赤猫さんは甘く入りさえしなければまだどうにかなるし、打たれてもほぼシングル。だが月出里はどうしたもんか……)
(得意不得意だけじゃもう打ち取れない。わたしだって、『軌道が特殊』とか、その程度の強みしかないまっすぐで終わらせたくない。大神くんみたいにもっと速く、もっと鋭く……!?)
!?これは……
「!?だッ……」
「ああっと!当たってしまいました!」
「ヒットバイピッチ!」
(しまった……力みすぎた……)
「痛たたた……」
「腕の辺りか?」
「ちょうちょでもアレは流石に避けられんか……」
「タイム!」
一塁へ向かわず……いや、向かうことができず、患部と思われる左の二の腕辺りを手で押さえながらしゃがみ込む月出里のもとに、向こうのベンチからコーチとスタッフが向かう。
「大丈夫か!?」
「はい、何とか……直撃はしてないです。ちゃんと力も抜きましたし……」
「とりあえず冷やしましょう!」
打席付近でしばらく処置を行って、月出里は一塁へ向かっていった。
「ナイスガッツちょうちょ!」
「次の打席でやり返したれ!」
「ヴァルチャーズのアレは事故やけどな(強調)」
月出里は反射神経が並外れてるからか、インコースに強いだけじゃなく避けるのも上手い。単純に死球の数が少ないのと、これまで目立った怪我抜けがほとんどないのがその証明。今のも咄嗟に打席の外に逃げつつ背中を向けるような動きをして、直撃は避けたように見えた。
そして鹿籠も、どちらかと言うと逃げる軌道の球で勝負するタイプ。まっすぐの再現性が高く、制球自体も決して悪くないから、死球は少ない方。味方だから擁護する……というのもあるが、今のは純粋に悪意のないコントロールミスのはず。
「…………」
(……ごめんなさい)
一塁から鹿籠に冷たい視線を送る月出里。月出里に対しては強気な態度を取り続けてきた鹿籠も、流石に申し訳なさそうに顔を伏せる。
「切り替えていけ鹿籠。月出里にゃ悪ィが、ここでズルズル打ち込まれたら味方にも申し訳ねぇだろ?」
「は……はい!」
「プレイ!」
滝谷が喝を入れてくれたようだが……
「ピッチャーの足元……抜けましたセンター前!」
「強烈!これも一二塁間破った!二塁ランナーは三塁でストップ!十握、金剛も続いてノーアウト満塁!」
「「「「「よっしゃあああああ!!!」」」」」
「ええぞええぞ!このままノックアウトや!」
「ウチのちょうちょにぶつけたんは高う付くで!」
(くそッ……!)
(また甘く入っちゃった……)
そう上手くはいかんか……
本日3月25日はこの作品の主人公、月出里逢の誕生日です。(でもこんな内容で)すまんな




