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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第四章 黄金時代
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第百四十二話 折り合い(1/?)

******視点:柿崎銀一(かきざきぎんいち) [仙台(せんだい)オプティウッドペッカーズ 監督]******


 10月11日。いよいよ明後日からCS。相手は2位アルバトロス。千葉へ出発前に本拠地で最後に全体練習。


「ナイスボール!」

「いや、うーん……グコランってアウトコース苦手だったよな?」

「はい。インハイに強く、アウトローに弱いタイプです。加えて球種別で見ると、チェンジアップやフォークなど、特に落ちる球が……」

「ふむふむ……となると、もうちょっと低めに集めさせるようにして……」


 全く便利な世の中になったものだな。ちょっとマウスを動かしただけで、特定選手のこの1年のコース別・球種別の打率などが丸裸。確率だけではなく、もっと細かく期待値まで……


赤坂(あかさか)さん、ここ最近スライダーのリリースポイントがストレートに対して若干三塁寄りに偏っている傾向があるとのことです」

「マジかよ……ちょっと修正だな」


 そして、投手のモーションの細かいところまで分析。しかも気になる部分はAIで自動抽出も可能。

 だが、この恩恵は他球団関係によるものと考えると複雑な心境。いや、そもそも日本のプロ野球……特にリコはジェネラルズ……というか桐凰(とうおう)新聞ありきなところがあるよな。中でも俺の古巣にして今年のリコの覇者・ペンギンズはその傾向が強い。


 ペンギンズは今あるリコの球団の中で優勝するのが最も遅かっただけあって、球団創設の頃からとにかく弱かったが、それでもジェネラルズと同じリーグで同じ帝都の球団ということで、経営上最低限の体裁は保ててた。ちょうど俺が生まれた頃、70年代頃なんかはあのパンサーズ以上の観客動員数を誇ってたのがその証明。そしてその70年代にはとある有名選手の獲得を巡ってジェネラルズがゴネてリーグ脱退も仄めかし、公式戦の開催すら危ぶまれたような大事件があったが、その時もペンギンズはジェネラルズに追従する方針を示したほど、明確にジェネラルズに依存してた。

 今は90年代の黄金期などもあって"ジェネラルズとそのファンの太鼓持ち"から脱却し、純粋にペンギンズのファンと言える客層を手に入れることができた。そこまでは良い。問題はその頃から帝国経済そのものが傾き始めたこと。そしてその頃からインターネットなどが世界中で普及し始めたこと。結果、テレビ・新聞離れが進んで各球団の桐凰新聞への依存度が今も年々減り続けてはいるものの、代わりにCODE(コード)グループ……ひいてはヴァルチャーズへの依存が強まってしまった。


 現在、国内で最も普及しているSNSである『CODE』はもちろんのこと、プロ野球関係の情報ツールである『スポーツ速報アプリ』も、元を辿ればCODE製。JPBの公式サイトがメジャーのそれと比べると、トラッキングデータがないどころかUIすらももはや化石もので、情報収集するのに不便極まりないのもあって、『スポーツ速報アプリ』がプロ野球の情報収集における事実上のスタンダードと化してしまっている。ここ最近、トラッキングデータの提供を開始したことも、ますますその支配力を確かにしている。

 ウッドペッカーズの経営元であるオプティもここ最近、携帯キャリアサービスに本格的に参入したが、ウチの選手やスタッフにもプライベート用のスマホでは通信品質やCODEの通信費削減のためにCODEモバイルを選択する者が普通にいる。球団の決まり的にグレーゾーンだが、簡単な業務連絡くらいならCODEで済ませる者も少なくない。もちろん、流石に重要な情報のやり取りをしていたら厳重に注意するようにしているが。


 そして極め付けがこの『HIVE(ハイブ)』。CODE生まれのトラッキングシステム。機材そのものは無料で貸与。AIや専属スタッフのサポートが充実してるからデータアナリストのスキルもあまり必要としない利便性もある。

 だがもちろん、思うところが全くないわけではない。CODEがこれだけ手広くシェアを拡大できたのは、CODE自体が桐凰新聞すら比べ物にならないほどの巨大企業で、そのトップの梅谷(うめたに)会長も政財界に強い影響力を持つ大物だから。まさに金と権力が金と権力をさらに生み出す仕組み。昨今のヴァルチャーズの強さも、『現場レベルでの努力』も確かにあるのだろうが、その潤沢すぎるほどの資金力が根幹にあるのは間違いない。そしてさらに元を辿って、この時代の帝国でもCODEといういち企業を一代でここまで拡大できた経緯を考えると……

 ただ、ウチのオーナーはオプティも大手のIT企業ということもあってCODEに対する対抗意識が強いものの、ここ最近は優勝が遠ざかっていることでこの球団の経営や出資に関して消極的になってしまっている。そして帝国経済の不況。限られた予算の中で時代に追従するためには、どうしても『コスパ』というものは無視できない。

 ……戦う前提に差がありすぎるとしても、折り合いを付けて勝ちを目指すしかない。恐竜相手に竹槍しか用意されなくても戦うのがプロの仕事。今年は向こうが自滅に近い形で脱落してくれたが、おそらく来年は……


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******視点:村上憲平(むらかみのりひら) [美浜(みはま)ブッフアルバトロス 監督]******


 10月11日。いよいよ明後日からCS。相手は3位ウッドペッカーズ。


大神(おおがみ)、調子はどうだ?」

「バッチリっすよ。大神大神雨大神でも余裕っす」

「で、実際のところはどうだ?」

「はい。『HIVE』のデータだと大神選手は昨年までと比べてリリースポイントや出力が目に見えて安定してるのが数値にも出ています。今日の投球内容もむしろさらに良化していますね」

「そうか」


 選手個人ではなく、ヴァルチャーズ……いや、CODE謹製のものでそういうのを測るのは心情的に、というのはあるが、時代が時代だから仕方ないな。

 我がアルバトロスは近年、打倒ヴァルチャーズのためにスタッフを引き抜いたり、向こうに倣ってテラス席を設けるなどしてきた。生え抜き日本人のホームラン王が出てないのは今年で35年と更新したものの、主にグコランとダーコンのおかげで今年はチームのホームラン数がリーグ3位。チームの順位も考えると、その成果は確実に出ていると言える。

 だが、奪ったり倣ったりしたものでならともかく、与えられたものでというのはな。


 俺も一応ヴァルチャーズの選手だったし、チームを優勝に導いたこともあるから、ヴァルチャーズに対してはそれなりに思い入れもある。だが、俺が所属してた頃のヴァルチャーズの経営元はCODEではなくその前身。それに、チームの目標的にもCODEに依存する形のドクトリンというのは現場レベルとして受け入れ難いものがある。

 だが、ウチの経営元のブッフ・コンツェルンはいち食品メーカー。そして帝国そのものも決して好景気とは言えない状況。俺はお家騒動を予見してそれに便乗する形でメジャーの挑戦権を得られるように契約を交わしたり、この球団の生え抜きじゃないにも関わらず引退して即監督の座を手に入れたり、そういう政治的な立ち回りには大いに自信があるが、こういう状況だと引き出せる金額には限界がある。球団自体も本当にここ最近ようやく黒字経営化したくらいだから、ヴァルチャーズのように金を湯水の如く使えるわけではない。どこかで優先順位という名の折り合いを付けてやっていくしかない。経済面などによって暗黙的なヒエラルキーがあったとしても、勝つ権利は12球団全て平等であると示し続けなければならない。


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