第百四十一話 後には戻れない(7/?)
******視点:月出里逢******
ホームラン王を獲り逃してガッカリだけど、メインはそこじゃない。今日対戦してるウッドペッカーズか、その後のエペタムズのどっちかが1回でも良いからアルバトロスに勝つか分けるかどうか。
「1番センター、高座。背番号4」
「8回の裏1-1、ワンナウトランナーなしで打席には高座。毎年離脱が目立ちますが、今シーズンはここまで全試合に出場し、チームの躍進に貢献しております。3割近いアベレージに加え、22個の盗塁。外野の守備にも定評があります。ヒットの数は165本と、月出里の169本に次ぐリーグ2位」
あー、そっか。ヒットの数は高座さんが2番目だったんだ。
「合わせたバッティング!ライトの前落ちましたヒット!これで今日2本目!ワンナウトからランナー出ました!」
「あちゃ〜……」
「あ、逢ちゃん……大丈夫かな?あとえーっと……3本?」
「そのくらいの計算で迷うなよ佳子……」
「ん?ああ、ちょっとやばいねー」
(月出里くん、ホームラン王がなくなったからってまたかまぼこをひっくり返したような目に……)
五冠だの何だのに関わるらしいけど、ヒットの数なんて抜かれても別に良いよ。今となってはもうウッドペッカーズがこのまま延長まで零封するか、1点でも勝ち越してくれたらそれで良い。
っていうかほんと、アルバトロスの優勝は本当にあたし個人としても勘弁してほしい。よくよく考えたら今日の時点で3連勝以外許されないってことは、あの三塁踏み忘れがなかったら昨日の時点でウチの優勝が決まってたはず。これでこのまま優勝逃したら間違いなく一生ネタにされる。
「一塁ランナースタート!」
「アウトォォォ!!!」
「ああっと!これは刺されました!」
珍しい。あの高座さんが刺されるなんて。
「スタートに迷いがあったわね」
「ですね……」
閑さんと同意見。というか……
「伊達さん、今日のアルバトロス、何か焦ってますね」
「ああ。きっとみんなのおかげだよ」
「え……?」
当たり前のように伊達さんの隣に、しかも結構密着して座る山口さん。羨ましい。伊達さんが。
「昨日の試合。確かに結果だけ見てもウチが勝って向こうが負けて大きなアドバンテージになったけど、それだけじゃない。あの大一番で、月出里くんと風刃くんを始めとする主力選手がしっかり機能して勝利した。ペナントレースの残り3試合だけじゃなく、これからのCSに向けても大きなプレッシャーになったはずだ」
(くそっ、ならせめて一発狙いで……!)
「打ち上げた!しかしこれは平凡なフライ……」
「アウト!」
「センター乾、捕りました!これでスリーアウトチェンジ!」
そこそこ率が高くて四球も選べる吉川さんが焦って……ダーコンとグコランが続くんだから繋げばよかったのに……あ、それを言ったら高座さんもか。
「アルバトロスはキリの良い30本や単独ホームラン王がかかってたグコランはともかく、他の選手は相当余裕のない心境だろうね。勝つ以外が許されない3戦、それに加えてその後に控えるCS。人間は他の動物と比べて良くも悪くも想像力がありすぎる。思い描く未来の解像度が高過ぎて、逆に枷になってしまうこともある」
「まずは目の前のことを……ってのも、頭でわかっててもなかなかできないですよね」
「引っ張って……ライトの前、落ちましたヒット!」
「「「「「おおおおお!!!」」」」」
「セーフ!」
「二塁ランナーホームイン!2-1!ウッドペッカーズ、勝ち越し!」
「「「「「いよっしゃあああああ!!!!!」」」」」
観客席もベンチも、ようやくの1点で盛り上がる。
「もしもし氷室くん?うん。徳田くんとこっちに来れそうかな?あ、ご両親が来てくれたんだね。うん、待ってるよ」
伊達さんが早くも電話で、一旦帰った氷室さん達を呼び出し。
「か、勝つのか、俺達……?」
「夢じゃないよな……?」
ベンチから身を乗り出す金剛さんと相沢さん。普段から落ち着いてるけど、今は勝ち越しの1点の喜びを抑えてるというよりは困惑してるような、そんな感じ。
気持ちは理解できる。あたしも何かの頂点に立ったのって、去年のオリンピックが初めてだったから。あの時ももうすぐ優勝って時、勝てる喜びよりもフワフワとした現実感のない心地だった。でも優勝の直前まではサードを守ってたから、あたしのホームインを阻止したあの8番ショートの人の打球を何としてでも捌いてやるって気持ちでどうにか必死に意識を現実に留めてた。
そういう意味では、勝ち慣れてないウチにとっては、ペナントレース中に優勝が決まるよりも、こうやって残りの試合を待ってる間にっていう方が良かったのかもね。




