第十五話 速いけど、まだ早い(8/8)
9回表 紅5-4白 1アウトランナーなし
○白組
[先発]
1二 徳田火織[右左]
2中 有川理世[右左]
3右 松村桐生[左左]
4一 天野千尋[右右]
5三 リリィ・オクスプリング[右両]
6捕 冬島幸貴[右右]
7指 伊達郁雄[右右]
8左 秋崎佳子[右右]
9遊 月出里逢[右右]
投 雨田司記[右右](残り投球回:1回)
[控え]
夏樹神楽[左左]](残り投球回:1回2/3)
氷室篤斗[右右](残り投球回:0)
山口恵人[左左]](残り投球回:0)
●紅組
[先発]
1中 赤猫閑[右左]
2遊 相沢涼[右右]
3右 森本勝治[右左]
4左 金剛丁一[左左]
5一 グレッグ[右右]
6指 イースター[右左]
7二 ■■■■[右右]
8三 財前明[右右]
9捕 土生和真[右右]
投 花城綾香[左左]
[降板]
三波水面[右右]
早乙女千代里[左左]
桜井鞠[右右]
相模畔[右左]
牛山克幸[右右]
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******視点:月出里逢******
意外……というわけでもないのかもしれないけど、雨田くんの立ち直りは早かった。いつも通りのフォームで、いつも通りの球。上位打線の相沢さんと森本さんが相手だったけど、他の投手への慣れがあったおかげでそこまで危なげもなく抑えられた。
「スリーアウト!チェンジ!」
そう、いつも通りで抑えられた。
9回の表を終えてベンチに戻る時、誰もがついさっきまでとは打って変わって、沈痛な面持ち。それに対して……
「へっ、ざまぁみろ!」
「やっぱり結局はこうなるんですよぉ。ウフフ……」
財前と桜井が性懲りも無く……くそったれが。早乙女と相模はどういう風の吹き回しなのか今までと違って何もしてないけど、本当にどうしようもないクズどもだね。
「雨田くん……あれは不運な事故や。それにもかかわらずすぐに切り替えてくれてほんまに助かったわ。オレは雨田くんのそういうとこ、素直に尊敬しとるで」
「そ……そうだな!雨田、お前は窮地を救ったんだ。ちょっとペースが崩れただけでズルズル打ち込まれた俺とはえらい違いだ。誇って良いんだぜ?」
ベンチに戻って、冬島さんと氷室さんが必死でフォローする。あたしも、たまたま負けても負け続けなかった雨田くんはすごいと思う。基本的にめんどくさい奴だけど、ピッチャーとしてのプライドみたいなものはオーナーにだって負けてないと思う。
「……助けてなんてないですよ。ボクが勝手をしただけなんです。今日のボクの仕事は『他の投手に慣れてる打線に対して、ボクと夏樹の2人でラスト2回を締めること』でした。さっきの相沢さんと森本さんの時のように、いつも通りに投げてれば良かったんです。なのにボクは、球威が増したことで増長して、こんな結果を招いてしまった……」
先週の試合の登板後のように、雨田くんは決してその表情を誰にも見せずに、ベンチに座って俯いてる。だけどあの時と違って、芝居がかった自分への怒りを撒き散らしたりなんかせず、身体をとにかく小さく縮こまらせて、震えさせてる。
「何でだよ……!何でボクは周りに迷惑しかかけられないんだよ……本当に……本当に……すみません……!こんなボクで……本当にすみません……!」
途中から鼻を啜らせて、つっかえつっかえで謝罪の言葉を捻り出した。
その様子を見て、特に沈んでるのはリリィさんだった。
(雨田の言う通りなら、発端はウチやな。ウチでエラーでランナー許して、その上、雨田に無茶をさせてしもうた。このワガママ坊やがせっかくチームのために頑張ってくれたのに、それが原因でこうなるなんて、あんまりにも理不尽とちゃうか……?)
点差が『文句なしに勝つ』どころか『ギリギリで逃げ切る』範囲だった以上、雨田くんの無茶には全員に、程度の差はあれど責任があるはず。あたしだって、空気を読まずにマウンドに向かってあの時覚えたフォームの違和感を伝えることもできた。
だからこそ、半端な言葉なんて責任逃れにしかならない。それをみんな理解してるから、次に続く言葉が枯れてしまった……
「大丈夫だよ、司記くん」
ここで切り出したのは天野さんだった。あえて空気を読んでないかのように、明るい口調で。
「確かに『いつの通りの投球で相沢さんと森本さんを打ち取れた』って事実はあるけど、それって別に『いつも通り投げてれば土生さんも赤猫さんも打ち取れた』っていう根拠にはならないでしょ?その通りなのかもしれないし、結果は同じだったのかもしれない。結局は結果論でしかないでしょ?」
……そうだよね。でも、結果のマイナスが大き過ぎて、どう立て直したものか……
「まだ試合は終わってないよ。ここでまた試合をひっくり返せば、司記くんにとっては『成長のきっかけを掴めた』って事実が残るし、ぼく達みんなにとっても勝利がもたらされる。みんなきっと笑って終われるよ」
「……なんでそんなこと、平気で言えるんですか?『この試合をひっくり返せる』って保証だってないですよ?」
「『保証』……か。そうだね、強いて言うなら『ぼくが4番だから』じゃダメかな?」
「……!」
「まぁ今日のぼくはそこまで言えるほど打ててるわけじゃないけど、『打ってくれたら儲けもの、勝てなかったらその4番のせい』くらいの気持ちでいれば、少なくとも割り切りやすくはなるでしょ?あんまり自慢にはならないけど、余計な期待は人一倍され慣れてるぼくだからさ、それでほんのちょっとでも気休めになるのなら、ぼくはそれで満足だよ」
そう言って、天野さんは雨田くんの肩に手を置いて、ゆっくりとネクストへ向かっていった。
「それじゃ、行ってくるね」
『ぼくが4番だから』……か。実力だけじゃなくその立場すらもないあたしには到底言えない言葉だね。若王子さんみたいな立場に立って、いつか言ってみたいとは思ってるけど……
「紅組、選手の交代をお知らせします。ピッチャー、花城に代わりまして、カリウス。ピッチャー、カリウス。背番号47」
やっぱり最終回は去年のクローザーの助っ人外国人、カリウス。勝ちパターンの三本柱、最後の1人。
「9回の裏、白組の攻撃。3番ライト、松村。背番号4」
(とにもかくにもまずは出塁ですね……あまり得意ではないタイプの投手ですが……)