第百四十一話 後には戻れない(6/?)
******視点:伊達郁雄******
「次、レフト!」
「ハイ!!!」
一軍・二軍共にペナントレースの全日程を終えて、1年間の疲れがあるはずだけど、練習の熱量は十分。今の時点で二軍の選手もCS・帝シリに出場するチャンスはあるし、もちろんそこで活躍すれば年俸のアップにも来年以降へのアピールにも繋がる。そしてそうなってくると、現状一軍の選手達もまだまだ全く油断できない。こういう競争意識がバニーズに生まれただけでも、今年戦ってきた意味は十二分にある。来年以降もこの強さを維持できる確かな根拠になる。
「オッケーイ!」
そして、十握くんの回復が思った以上に早いのが実にありがたい。今の時点でも守備練習に入れてるし、CSに間に合う可能性も十分ある。
「「「「「おおおおお!!!」」」」」
「ナイバッチ!」
「いやぁ、ちょうちょマジ飛ばすなぁ……」
「アイツだけ飛距離も打った時の音も明らかに違うやん……」
もはやチームの顔どころか球界の顔の月出里くん。3年前、彼女が入団して間もない頃に行われた春季キャンプの紅白戦。あの時の白組メンバーは柳監督が見込んだ通り、1人残らず成長して今年の快進撃に貢献した。中でも彼女の成長が飛び抜けてるけど、他のメンバーも今やみんなチームにとって欠かせない戦力。
……ただ、ほんのちょっと気になることがないわけでもない。
「リリィさん、自分もう少し上手くインコース捌けるようになりたいっす!」
「うーん、せやな……宇井は身体デカい分、確かに内側は窮屈になりやすいかもな。やっぱインコース捌くならとにかく手や腕を動かす意識は捨てて……」
「篤斗、やっぱツーシームはCSでも減らしとくか?」
「ああ。まっすぐとスプリッターの感覚が良い感じだからな。変に投げ方が近い球はあんまり投げたくない」
同じくあの時の白組メンバー、リリィくんと冬島くん。ポジションの違いはあれど、入団当時からバッティングだったり配球のことだったりで、よく一緒に話し合ったりしてた。お互いに1年目から一軍でバリバリやってきたしね。
それが今年に入ってから、明らかにそういうのが減った。どちらもあえて距離を取ってるような、そんな気さえもする。
……ま、若い男女同士のこと。今年もどっちも一軍の選手として恥ずかしくない数字を出してるんだし、監督だからって突っ込むべきところじゃないよね。
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練習を終えて、少しばかりのファンとの交流イベントを終えてから、バックスクリーンでアルバトロス戦が流される。ちなみに対戦相手はウッドペッカーズ。
選手達は揃ってベンチで観戦。と言っても小さいお子さんが家で待ってる氷室くんと徳田くんみたいに、のっぴきならない事情がある選手はいったん帰宅。
「2回の表、アルバトロスの攻撃。4番ファースト、グコラン。背番号54」
月出里くんがわかりやすくベンチから身を乗り出す。そりゃそうだよね。今日の試合のある意味での見どころ。
「この回の先頭打者はグコラン。今シーズンここまで29本塁打で、月出里と並びリーグ1位。勝利しか許されないチームのためにも、本数を伸ばしたいところ……」
「頼む……!我慢してくれた分、来年ウチ相手に打ってええから……!」
「もう打点は無理やし、せめて樹神と同じ五冠をちょうちょに……!」
そして注目してるのは、観客席のファンも同じ。
「……!これは、レフト下がって……入りましたホームラン!今シーズン第30号!先制ホームラン!」
「「「「「あああああ……」」」」」
いつもの試合と違って球場にウチのファンしかいなくて、他に雑音もないから、落胆の声がクリアに聞こえる。
「…………」
「ど……ドンマイですよ逢ちゃん!」
「また来年打ったらええねん!な!?」
月出里くんがまたわかりやすく顔を伏せて黙り込む。よりによって初っ端から……
チームの勝敗的にも痛い一発だけど、まぁ逆にここから先グコランの打席を必要以上に緊張して観る必要がないのは良いこと……かな?
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