第百四十一話 後には戻れない(5/?)
******視点:雨田司記******
10月2日、ペナントレース最終戦の次の日。仙台から戻って、昼頃のサンジョーフィールド。
もちろん、今日の目的はCSに向けての練習というのもある。
「おっ、メガネやんけ!」
「へぇ、アレが雨田くんか……」
「初めて生で見たけどなかなかイケてるやん!」
今日は土曜日ではあるけど、もちろん試合はない。にもかかわらず観客席には少数ながらファンの姿。
……昨日の試合前の時点で、バニーズとアルバトロスは勝敗の数が全く同じ。そして残り試合数が3つ向こうの方が残ってたから、正直かなりまずい状況だった。でも昨日の試合でウチが勝って向こうが負けるという一番良い目を引いたおかげで、アルバトロスが優勝できる方法はもうここから3連勝……つまり、あと1回でも負けるか引き分けるかした時点で、勝率の関係でバニーズの優勝が確定する。
その状況を受けて、今日は公開練習と、アルバトロスの試合を球場のバックスクリーンでライブビューイング。もし優勝が決まったら、その場で優勝祝いのイベント。
「おっす、雨田」
「夏樹……」
「いやぁ、意外ともう来てるなぁ」
「まぁ結構な珍事だからだろうね……ウチが優勝するってのは」
今日はバニーズだけじゃなく、リコの方ではペンギンズも優勝を決める可能性がある。そうなると、『両リーグで2年連続最下位だったチームが同時に優勝する』という、帝国プロ野球始まって以来の珍事となる。ただでさえバニーズが優勝すること自体が25年ぶりの珍事だというのに。
プロ野球においての一番のサービスは『チームが勝つこと』だろうけど、だからと言って強いチームにしかファンが付かないかと言われればそうでもない。こういう珍しい瞬間を期待して、あえて負け続けてるチームを応援するファンもいる。もちろん、ここ最近バニーズのファンが増えたのは、単純に勝つようになったのと、月出里とか選手個人の人気によるところもあるんだろうけど、プロ野球に対してどんな価値を求めるかってのは結局人それぞれ。
特に今は帝国自体があまり良い状況とは言えない。GDPで世界2位から落ちたり、少子化が進んだり、経済格差が広がったり、それによっていわゆる"勝ち組""負け組"みたいなカテゴライズが明確になって、しかもSNSの普及でますますそういうのが広く発信されて、厭世的な思考が蔓延るようになって。
だから、『優れた者が勝つ』『恵まれた者が勝つ』という、現実でのありきたりな摂理を否定したい、否定してほしい、そういう意識が人々の中に潜在してるんだと思う。プロ野球をその体現の場として捉えてるのなら、過去にあまり勝ててない球団を追いかける人間が存在するのは何もおかしな話じゃない。ボクが地元にいた頃も、あえてヴァルチャーズ以外の球団を応援する奴が少ないながらもいた。ドラフト下位だったり、育成ドラフト指名から這い上がった選手がやたら持て囃されたりするのもきっとそういうのが理由の1つ。最近はアニメとかでも異世界転生ものとかそういうのが流行ってるって話だけど、それも人々が『遺伝子ガチャ』とかそんな言葉を信じつつも成り上がりたいと願ってる証だと思う。
そういう意味でも、プロ野球という興行は上手くできてる。月島英雄が現役で、ジェネラルズが勝ちまくってた頃は逆に帝国の高度成長期の象徴みたいな扱いだったんだし。時代や人間を選ばない受け皿として実に上手く機能してる。
「来年からは当たり前にできると良いな」
「だね……ところで夏樹」
「ん?」
「その来年なんだけど……来年はどこでプレーしたいと思ってる?」
「どこでって……FAにはまだ全然早いだろ?」
「いや、球団じゃなくてポジションだよ。ボクらはピッチャーだから、先発とか抑えとか」
「?いやぁ、別に……今年と同じなんじゃね?リリーフとかワンポイントとか」
「……夏樹はそれで良いのかい?」
「何で?」
「ボクと秋崎は今年からようやくだけど、夏樹と月出里は2年目から一軍でそれなりにやってきただろ?良い結果を積み重ねてきて、今年はその成果がチームにも反映されてる。だから……もう少し上を希望したって……」
「……そんなに先発やりたいのか?」
「…………」
「一軍でのキャリアじゃ上のあっしが現状維持のままの状況で、自分の希望を通すのは気が引ける……そんなとこか?」
「……まぁ、ね」
「だからってあっしを利用すんじゃねーよバーカ」
「悪い……でも、『もっと評価されても良い』って思ってるのもホントなんだよ」
「理解ってるよ。ありがとな」
やっぱりお見通しか、こんな浅い考え。
「堂々としろよ、ドラ1様。プロ入った頃はあの逢よりも期待されてて、今年だってあっし以上の結果出しただろ?それで良いじゃんか。あっしの使われ方がどうこうなんて関係ないだろ?」
「……ありがとう」
「それに……」
「?」
ボクより少しだけ長身の夏樹が、耳元に顔を近づける。
「風刃に佳子を奪られたくねーんだろ?」
「ッ……!?」
「気づいてねーと思ってたのかよ?」
「お、おい、アレ……」
「まさかメガネと巫女ちゃんってそういう……」
……何もかもお見通しか。敵わないな。
『優れた者が勝つ』『恵まれた者が勝つ』という、現実でのありきたりな摂理を否定したい。それはボクも同じ。プロに入ってすぐまでは、自分の才能を信じて疑ってなかった。きっとすぐにでも"エース"にのし上がれると思ってた。でも風刃に限らず、鹿籠とか瀬長とか、ボクと同じかそれ以上の才能を持ってる奴が、世界どころか日本の中にもウジャウジャいて……
もちろん、それで諦めるつもりはない。"世界一のエース"っていう目標のためにも、母さんに孫の顔を見せるためにも。
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