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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第四章 黄金時代
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第百四十話 今宵も月が輝いてる(7/7)

「ワンナウトランナー一塁で、今日3打席目となります月出里(すだち)。今日は2打数1安打、第2打席で強烈なレフト前を放っています……」

「ストライーク!」

「外!スライダー見送ってワンストライク!」


 ……勝負はしてくれるみたいね。


「ボール!」

「外まっすぐ147km/h!これは外れました!」

(歩かせても得点圏で赤猫(あかねこ)さん。1点も許し難いこのゲームで、ホームランを回避するためだからってそんな状況を作ったところで本末転倒。月出里なら赤猫さん以上にゲッツーも狙いやすいんだし、何より……)

「ファール!」

(『投手が隙を見せなければ勝てる』んだから、どんな打者が相手であろうと逃げるのは私の信念に反するのよね)

「外高めまっすぐ149km/h!ライト方向ファールグラウンドへ!これでツーストライクと追い込みました!」


「良いぞ良いぞよね!」

「それでこそ"レジェンド"や!」


 スマホで琴吹(ことぶき)の過去の成績をチェック。琴吹の通算の敬遠数はわずか7つで、ほとんどがキャリア初期に集中してる。メジャー時代に至っては7年間で1つだけ。投手としての実力に絶対の自信があるからこそ、タダで出塁を許すなんてアホらしい、そういう考えなんでしょうね。どこの誰であろうがアウト要員にしてしまおうという姿勢、皮肉でも何でもなく、投手として実に立派だわ。


「ボール!」

「落とした!しかしこれは見送ってツーツー!」

(『もう一回り若い頃なら』……なんてつまらないifを持ち出すつもりはないわ)

「ファール!」

(いつどこで誰と対峙しようが、勝つのが投手の仕事。負けることなんて前提にないんだから、そんな言い訳じみたことなんて考える必要すらないわ)

「ファール!」

「外スライダー!一塁線切れました!」

「ファール!」

「これも外!」


「おいおい!無意味にカットばっかしてんじゃねーぞ!」

「前に飛ばせや!」

「試合時間伸びるだけだろうが!」


 時間の無駄とか無意味とか、もっともらしいことを持ち出して打者が粘ることを(とが)める。高校野球でも、ちょうどウッドペッカーズが初優勝した年にそういうことがあったわね。『打者は基本的に打って出る意思を示さなければならない』『だからスリーバントの失敗はストライク』。それについては異論はないし、その前提があるから、『打たせて取る』っていうピッチングスタイルが存在し得る。かつてのメジャーの大投手が言ってた、『27球で27個のアウトを()れるのがベスト』というのも、理論上は間違いない。

 でも、打者が少ない球数で打ち損じてそれをバックが当たり前に捌くのを一方的に要求して、何球も粘ったり、バックがミスするのにケチをつけるのは傲慢(ごうまん)でしかない。粘られたり、ミスで台無しにされるのが嫌なら、空振りか見逃しを()れば良いだけの話。野球は投手有利なんだから尚更。ファールはツーストライクまではストライクとして扱ってくれるんだし、その空振りか見逃しだって最後の最後に1つだけ()れば良いんだし。

 それなのに、"マウンドの上の王様"を気取っていながら、『失投する前にどうか前に飛ばして下さい』と泣き言を入れるなんて情けないだけ。周りだって打者の試合時間の遅延より、最後の空振りか見逃し1つをロクに()れない投手の力量不足をまず先に批判するべき。野球は制限時間付の儀式とかじゃなく、互いの力量を競う勝負なんだから。


 ……近年の投手の平均球速の向上。それに比例してるかのように、投手の故障が多発してるから、それについて色々と賛否はあると思う。でも、球速を引き上げることで打者が粘りにくくなって結果的に球数を抑えられてる部分もあるはず。球速を抑えたままだと、結局球数が増えて投手の故障が多発という結果に繋がった可能性も大いにあったはず。

 そもそも今の環境が出来上がった根本的な原因は『打者の平均的なレベルの向上』、それと『先発完投主義が薄れて終盤リリーフが当たり前になってロースコア化が進み、投手の失点の許容値も落ちた』っていう、使われる側の投手本人が直接引き起こしたことではない。平均球速の向上はそういう環境に適応するための手段の1つ。経済政策でインフレに対してデフレ化しそうな要因をぶつけてるようなもの。

 何にせよ勝負事である以上、『打者の平均的なレベルの向上』に対応する方法として、打者側に『手加減しろ』『粘るな』とか言うのは論外。ボールの反発係数を意図的に落としまくるとかも、単に打者側の努力を否定して、投手側を贔屓(ひいき)してるだけ。

 打者側の要因で野球という競技のレベルが上がってしまったからには、投手側はリスク承知で『平均球速の向上』に付き合うか、リスクが嫌なら他の手段で投手側のレベルの向上を目指さなきゃ筋が通らない。打者側のレベル向上だって、ウエイトトレーニングによるスイングスピードの向上だったり、そういうリスクを背負ってる部分は大なり小なりあるはずなんだし。


(全く……ギャーギャー言ってんじゃないわよ)

「ファール!」

「ここでインコース!しかしバックネットへ!」

(周りがどう言おうが、私はケチなんて付けないわよ。当てられるもんなら当て続けなさい。それでも私が勝つから)


 制球力を生かした内側への奇襲。想定通り投げ込めたのに仕留め切れず、それでもニヤリと笑う琴吹。

 琴吹のああいう姿勢も正しい。相手が何をしようが、過去と比べて今がどれくらいであろうが、打者に()びることなく、勝ちをひたすら目指す。確かに空振りか見逃しを()れないことで決定打を欠いてはいるけど、投手だけじゃなく打者だってミスをする。そこに勝機は十分ある。『ミスの回避の応酬』も立派な勝負。『打たせて取る』が叶わずとも、『打たれて取る』だって勝ち方の1つ。粘ってるのは逢だけじゃなく琴吹も同じ。勝負に真摯(しんし)なのも同じ。同じ投手として、ああいう投手こそ賞賛されてほしいものだわ。


「ボール!」

「ワンバウンド!これでフルカウント!」


 そして、打者の『粘る』という行為は、別に打って出ることに消極的な姿勢の(あらわ)れとは限らない。

 投手にとって打たれる確率が最も高いのはやはり失投した時。そしてその失投は投手個人の能力や状況でも多少頻度に違いがあるけど、基本的にランダムで、完全に無くすことは不可能。どんな投手でも投球数という分母が増えれば、失投という分子も必ず増える。だから打てる確率を引き上げる手段になり得るし、むしろ打って出ることに積極的、という見方もできる。

 ただ1打席の内容だけでそういうのは判断できるものでもない。そんなつまらないケチは、これまで積み上げてきた数字と、これから生み出す結果でいくらでも否定できる。


「!!!これは……ライトに上がって……」


「「「「「え……?」」」」」


 あんなふうにね。


「は、入りましたホームラン!月出里、今シーズン第29号は!先制ツーランホームラン!!これでリーグトップタイ、グコランに並びました!!!」


「「「「「うおおおおお!!!」」」」」

「ちょうちょ is god.」

「ここで打つとかちょっと話が出来過ぎてんよ〜(指摘)」


 逆方向、スタンド中段辺りへの大飛球が着弾し、反対側のバニーズ側応援席からの大歓声。それに応えるように、そしてこの得点を今度こそ失わないようにするためか、逢はベースを1つ1つ丁寧に踏みながらダイヤモンドを周る。


(『スライダーが浮いたらライトスタンドに』……危惧した通りだったわね。あの子、これをずっと狙って……)


 着弾位置を見て、琴吹は思わず苦笑い。

 逢が現状抱えてる『低めを全くホームランにできない』というのは確かに明確なマイナス要素だけど、裏を返せば、それでもなおホームランの数でリーグトップを争えてるのは、それだけ失投や狙いの球をものにできる能力、そして失投の機会を増やす能力がずば抜けてるという証拠でもある。シーズンを通して戦ってきたから、逢のその弱点はもう周知のはずで、それでもなお来る高めの球というのは、『失投』もしくは『配球の上でのあえて』しかないはずだしね。


「逆方向!しかしレフト真正面!」

「アウト!」

「センターの前……落ちましたヒット!」

「ボール!フォアボール!」

「選びました!ツーアウト一塁二塁!」

「セカンド!」

「アウト!」

「これでスリーアウトチェンジ!しかしバニーズ、この回は月出里のツーランで先制!」


 並の投手なら崩れてもおかしくない状況だったけど、この辺は流石ね。


(過ぎたことはしょうがない。まだ負けちゃいない。少し勝ちにくくなっちゃっただけ。今の私がやるべきは、味方が取り返すのを信じて、これ以上傷口を広げないこと)

(やっぱすげぇや、月出里さん)


 でも、ウチも今日投げてるのは自慢のエース。


「ストライク!バッターアウト!」

「っしゃあああッ!!!」

「三振ッ!これでスリーアウトチェンジ!風刃(かざと)、この回も3者凡退!」


「勝てる、勝てるんだ……!」

「今日このまま勝ったら優勝ももうすぐ……」

「アカン、涙出てきた」


「「「「「あああああ……」」」」」


 先制直後で、勝ち投手の権利がかかった回でも完璧な内容。風刃自身も吠える。どちらの陣営から見ても、ウチがこの試合の流れを掴んだのは明白。


「ナイピー!」

「サンキューっす!」


 それを誇示するかのように、逢と風刃、投打の主役がベンチに戻る間にタッチを交わす。


 ……今宵も月が輝いてる。『暗く沈んだ夜であっても、いつかまた太陽が昇る』ことを証明するために。その輝きは長く暗黒の時を歩んできたバニーズにとってだけでなく、私にとっても救い。『シン■ュ■リテ■』なんていう途方も無い『奇跡』も、そんな貴女なら起こせるって信じられる。

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