第百四十話 今宵も月が輝いてる(5/?)
******視点:琴吹よね [仙台オプティウッドペッカーズ 投手]******
「これは当てただけ!ピッチャー正面……」
「アウト!」
「軽快に捌いてスリーアウトチェンジ!風刃、この回初めてランナーを出しましたが0で抑えました!」
「良いフィールディングだぁ……(恍惚)」
「実家のような安心感」
2回の裏、こっちも無得点続き。先頭の珊瑚が四球で出たけど、そこから3人で締め。
一応歩かせてもらえたけど、それも珊瑚の粘りと選球眼があってこそ。基本的に風刃は制球が荒れて自爆するような投手じゃない。ただ突っ立ってるだけじゃカウントがどんどん悪くなるだけ。だから後続の打者はストライクゾーンへの球を積極的に振りにいったわけだけど、単純にまっすぐが速いだけじゃなく、カッターやシュートで芯を外すピッチングも心得てる。結果、この回三振はなかったけど、凡ゴロ凡フライの危なげのない内容。
……本当に厄介な奴だわ。高卒3年程度でこれほど完成度の高いピッチングと球威。純粋な右投手としてはおそらくフィオナさん以来の怪物。
「3回の表、バニーズの攻撃。1番サード、月出里。背番号25」
そして、打つ方でも厄介な奴。杏那と弓弦の良いとこ取りしたような打者。
「ストライーク!」
「初球から落としました!空振り!」
もっとも、私個人との相性は悪くない。基本的に低めに投げておけば一発はないし、ホームラン抜きでも低めの方が苦手な傾向にある。
「ボール!」
「外!見送りました!」
「ストライーク!」
「もう1球スライダー!これは空振り!」
「よっしゃよっしゃ!」
「伝家の宝刀だべ!」
それと、杏那ほど極端じゃないけど、内に強く、外に弱い傾向にある。選球眼がえげつないからちょっとでも外れると損するだけだけど、右の外スラが結構効く。
「ファール!」
「またスライダー!今度は当てて右方向へ!」
(しつこい……!)
だけど、追い込んでからは本当に空振ってくれないわ。
それと、月出里は打球の方向に関しては得意不得意がない。ウチの英吉と同じく、右のスプレーヒッター。トップハンドの力が異様に強いからか、逆方向でも十分な打球速度を生み出せる。このスライダーだって、ちょっとでも浮けばライトスランドへ……ってのも十分あり得る。
「!!引っ張って痛烈!これは三遊間抜けましたレフト前!ノーアウト一塁!バニーズ、この回もランナーを出しました!」
「「「よっしゃあああああ!!!」」」
「うーん、角度付かんかったか……」
「まぁ先頭やし十分やろ」
(やっぱり低めが……)
そしてあのスイングスピードに打球速度。弓弦並か、下手すればそれ以上。外への制球がちょっと内に寄っただけでこれ。
でも、低めへの意識だけはちゃんと投球に反映された。制球は多少間違っても、優先順位は間違ってない。今日の投げ合いは本当に一発が致命傷になりかねない。シングルで済んだのなら十分。
「2番センター、赤猫。背番号53」
「ノーアウト一塁、打席には打撃絶好調の赤猫。今日も第1打席で技ありのレフト前ヒット。ここまで4試合全てでヒットを放っています」
たとえ今向こうで一番乗ってる打者が続くとしても。
「セーフ!」
「まずは一塁牽制!」
言うまでもなく、ここでの最悪のパターンは盗塁からのお得意のシングルで1点。まずは絶対に走らせない。
「ファール!」
「これは三塁線、切れましたファール!」
(牽制だけじゃなくクイックも速い……)
幸い、月出里は良くも悪くもアウトにならないことを重視するタイプ。四球をやたら選ぶのも、盗塁でも数より率を優先するのも、多分そういうのが根幹にある。走った場合のリスクを匂わせておけば、そこから先の心配はない。
(逢ちゃんのそういうのは承知の上。走れなくても打って繋げば良いだけ……!?)
「逆方向、鋭い打球!しかしこれはショート正面!!」
「「「「「ほげえええええ!!?」」」」」
「アウト!」
「二塁アウト!セカンドからファーストへ……」
「アウト!」
「一塁もアウト!ダブルプレー!」
(ツーシーム……打球が上がりきらなかった……!)
「よっしゃ!流石よね!」
「常にクールだぜ!」
「これがベテランのピッチングや!」
シングルヒットと凡打、結局は紙一重。野手の守備範囲に飛ぶか飛ばないか、その程度の差。たとえさっきみたいに打ち返される可能性があろうと、折れずにしっかり低めに集めていれば、俊足の赤猫さんだってゲッツーに打ち取れる。今年三振0なのも、考えようによってはこういうメリットも見出せる。
「3番セカンド、徳田。背番号36」
「ノーアウト一塁から一転してツーアウトランナーなし。打席には徳田。今シーズンは主に2番を打ってきましたが、ここ4試合では3番での起用が続いています。ここまで打率.300、2本塁打、53打点、盗塁も18。今年も走攻守三拍子でチームに貢献してきました」
投手の平均球速アップに加え、打者側も出塁率やOPSなんかを優先するようになって、最近めっきり少なくなった規定3割。今年は確か現状5人だけ。その数少ない1人だけど、ランナーなしなら怖くない。
「引っ張って、これは一二塁間破った!ライト前!」
「ええぞかおりん!」
「2年連続3割待ったなし!」
……だからって油断したつもりはなかったんだけどね。ここも外に投げるはずの球が真ん中に入った結果。人間のやることだから、やっぱりミスは起こる。同じようなミスが近い頻度で起きたりもする。大事なのは、ミスそのものを完全に無くそうとするよりも、『そういうこともある』と理解すること。そうすれば、『ミスを繰り返す』という最悪は避けられる。
「4番指名打者、オクスプリング。背番号54」
「ツーアウトから再度ランナーが出ました。打席にはオクスプリング。今シーズンも月出里、十握と共に打線の軸を担ってきました。打率.288、18本塁打、84打点。ルーキーイヤーから安定した打席成績を残し続けております」
打つことに関しては大体のことはできる器用なバッター。だけど、あくまで『相対的に見て優秀な打者』というだけの話。
「引っ掛けた!これはファースト正面へのゴロ……」
(くそッ……!)
「アウト!」
「そのまま一塁踏んでスリーアウトチェンジ!琴吹、この回もランナーを出しましたが無失点!」
「リリィ、何を力んどるんや(その目は優しかった)」
「まぁ今のはコース厳しかったな……」
打者の間に序列があろうとも、野球は投手有利のスポーツ。失点の理由なんて大体は『投手が隙を見せたから』。漫画のキャラがやたら上手いバッティングでやたら難しい球を打ち返したり、動画サイトに上がってる好プレー集で上手いバッティングばかりが繰り返し流されてたり、そういうのを観てると勘違いしがちだけど、そんなふうに打者の力量が大きく反映される機会なんて、実戦を通しで見てるとそんなにない。『ノーアウト満塁は案外点が入らない』みたいなのと同じ、印象による錯覚。
その上で失点をできるだけ減らしたいと言うのなら、やるべきことは単純。『隙をできるだけなくすこと』。どんな状況でも想定通りのコースに適切な球種を投げ込んで、細かいプレーにもきちんと気を配っていれば、点なんてそうそう取られないし、大体の試合で勝てる。たまにミスをしても、それを引きずって繰り返したりしなければ十分。投手にとって試合とは、大部分が自分との勝負。
かつての私はまっすぐとスライダーをアバウトに投げてるだけだった。高校まではそれだけでも大体勝ててたし、高校からプロに入って1年目からローテを任されるくらいの力量はあった。でもその反面、スライダーを見極められて歩かれまくったり、その出したランナーに走られまくったりもした。結果、投球回以上の奪三振と引き換えに、リーグ最多の与四球と自責点と許盗塁数。プロはやっぱり甘くなかった。
ルーキーイヤーはそんな学びの機会になって、制球もクイックも牽制も、芯を外すピッチングも磨く良いきっかけになった。そのおかげで、"隙のない私"を作り上げることができた。
身体のできてない若い頃からずっと投げ続けてきたことで、そんな"隙のない私"も少しずつ衰えていった。そのことを否定するつもりはないわ。でもその中で積み上げてきた実績を甘く見られたり、今の私を"実績だけの抜け殻"として利用されたりするのは我慢ならない。今日の私に風刃をあてがったのも、そんな私に投げ勝つことで士気を高めるとか、まだ試合が残ってるアルバトロスにプレッシャーをかけるとか、そんなとこのはず。
……ウチのチームとしては今日の試合、ぶっちゃけ負けても数字的な損失はない。順位はもう変わらないんだし。でもそんなナメた真似をされた以上、絶対勝ってやるから。
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