第百四十話 今宵も月が輝いてる(4/?)
「1回の裏、ウッドペッカーズの攻撃。1番ショート、古谷。背番号0」
初回の攻撃は赤猫のシングル1本だけ。
まぁそんな上手くはいかないわよね。かたや優勝に向けて何とか勝っておきたいウチ、まだホームゲームが1試合残ってて順位も確定してる向こう。勝負に対するプレッシャーではこっちが不利なのは間違いない。
「!!!」
「ストライーク!」
「「「「「おおっ!!!」」」」」
「初球まっすぐ空振り!いきなり151km/hが出ました、今日のバニーズの先発、風刃。今シーズンは初めて開幕から先発ローテ入りを果たし、今日で23試合目の登板。現在投手四冠と圧倒的な成績」
「ストライク!」
「ストライク!バッターアウト!」
「落とした!最後は146km/hフォークボール!先頭打者を三球三振で打ち取りました!」
「コンディション不良で登板間隔がだいぶ空きましたが、心配なさそうですね。CS進出は確定してますし、彼の復活はひとまず明るいニュースですね」
「「「風刃くぅぅぅん!!!」」」
「うーんこの"ウルトラエース"」
「えいりーんの復活が最大の補強」
ただ、先発の現状の実力なら間違いなくこっちが有利。才能がずば抜けてるのは逢と同じだけど、あの子もよく育ったものだわ。
あの子の投手としての強みは実にシンプル。『そうそう打てそうにない球を何種類も持ってて、それらをただただストライクゾーンに通しまくる』。人間のやることだから失点リスクを完全に無くすことはできないけど、古今東西問わずこれ以上に安全な投球スタイルは他にないでしょうね。
「ファースト捕って、そのまま一塁へ……」
「アウト!」
「これは打ち上げた!セカンド見上げて……」
「アウト!」
「捕りましたスリーアウトチェンジ!風刃、立ち上がりから圧巻のピッチング!」
(むむむ……)
……風刃と琴吹、新旧の"大エース"対決。今日の組み合わせはこのシーズン最終戦に実にふさわしいわね。
(単純に『エースをCSに向けて実戦復帰させたかった』ってのもあるけど……8年前の初優勝、初帝国一の立役者に投げ勝ち、優勝に漕ぎ着けることができれば、バニーズは長い暗黒時代をようやく抜け出せたと、選手達もファンも実感できるはず。そしてそれは、ここから先のポストシーズンに向けての自信にも繋がるはず。そういう意味でも、今日の先発はやっぱり風刃くん以外にありえないね)
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「7番ライト、松村。背番号4」
「2回の裏、ツーアウトランナーなし、打席には松村。今シーズンは開幕スタメンに抜擢され、規定にこそ到達しておりませんが打率.272、5本塁打、28打点……初球打って、センターの前、クリーンヒット!」
「「「「「おおおおお!!!」」」」」
松村らしい積極的なバッティング。
「逆方向、上手いバッティング!ライト前ヒット!冬島も続きました!」
「ええぞ"キツツキキラー"!」
「このまま先制や!」
(……ふん、とっくにツーアウトよ。そのつもりの球がちょっと2つ続けて打たれたくらい、何てことないわ)
「9番ショート、宇井。背番号24」
「ツーアウト一塁二塁、先制のチャンスで打席には宇井。今シーズンはプロ2年目ながら開幕スタメンショートに大抜擢。堅守に加え、打っても球団史上初の『10代での2桁本塁打』を達成。規定にも到達し、一時はクリーンナップも任されるなど、まさに躍動の年となりました!」
「一発頼むであけみん!」
「ちょうちょに繋げ!」
この子も才能はあると思ってたけど、思った以上に早く芽を出したわね。真面目な性格のおかげなのか、逢とか周りが良い刺激になったのか。
ただ……
「ッ……!?」
「ストライク!バッターアウト!」
「ここも落としました!空振り三振ッ!」
(3つ続けて……!)
(体格通りのパワーは認めるけど、まだまだ青いわよ)
「これでスリーアウトチェンジ!バニーズ、この回もランナーを出しましたが無得点!」
やっぱりギアを切り替えた琴吹は一筋縄じゃいかないわね。正直まだコンタクトと選球眼が拙い宇井相手なら、ああいう思い切った配球もできるし。
投手のギアチェンジ。素人目には単純な力加減一つでできることのように見えるけど、実際はそんなことはない。確かに球威だけならある程度力加減で変えられるけど、力加減を変えれば投球の感覚も変わる。特にリリースのタイミングとかね。どんな力加減でもしっかり指をかけて、約18m先の小さなストライクゾーンを通し、できれば狙いのコースに投げ込む。それがどれだけ難しいか。
琴吹はそれに加えて、さっきみたいな一打先制というプレッシャーのかかる場面でも制球が乱れない。どんな場面、どのギアでも質の高い投球を再現し続けられる。野球ゲームで言うところの『対ピンチ』とかそういう能力が他の投手と比べても抜きん出てる。だから無敗のエースにもなれた。
……私もプロになれてたら、きっとあんな投手に……
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