第十五話 速いけど、まだ早い(7/8)
9回表 紅3-4白 1アウトランナー一塁
○白組
[先発]
1二 徳田火織[右左]
2中 有川理世[右左]
3右 松村桐生[左左]
4一 天野千尋[右右]
5三 リリィ・オクスプリング[右両]
6捕 冬島幸貴[右右]
7指 伊達郁雄[右右]
8左 秋崎佳子[右右]
9遊 月出里逢[右右]
投 雨田司記[右右](残り投球回:1回)
[控え]
夏樹神楽[左左]](残り投球回:1回2/3)
氷室篤斗[右右](残り投球回:0)
山口恵人[左左]](残り投球回:0)
●紅組
[先発]
1中 赤猫閑[右左]
2遊 相沢涼[右右]
3右 森本勝治[右左]
4左 金剛丁一[左左]
5一 グレッグ[右右]
6指 イースター[右左]
7二 ■■■■[右右]
8三 財前明[右右]
9捕 土生和真[右右]
投 花城綾香[左左]
[降板]
三波水面[右右]
早乙女千代里[左左]
桜井鞠[右右]
相模畔[右左]
牛山克幸[右右]
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……このまっすぐ相手に生半可な小技は通用しない。かといってあたしのパワーで当て逃げ感覚のスイングなんかして前に飛ばせるかどうか……
(ぶっちゃけドラ1の座を高卒の小僧、しかもそこそこのイケメンに掻っ攫われたのは正直根に持ってたんやけどなぁ……こいつぁ認めるしかないなぁ……キャッチャーの仕事を奪ってくれるんやからなぁ。言うまでもなく最後もこれや。頼むで)
(任せてください……!)
こうなったら腹をくくるしかないわね。しっかり振って、せめて前に飛ばしてランナーだけでも進めないと……!
(……!!?)
え……?これ……ストレートに勢いがない……!?
「ッッッッッッッッッッッッ!!!!!」
「おおっ!でけぇぞ!!」
「これひょっとして……!」
いや……上手く引っ張り込めたけど、これは上がりすぎね……向こうのバッテリーや守備陣も安堵した表情……
「オーライ!」
「あ……」
ライトの松村くんが予測した落下点に到達し捕球体勢に入る少し前だった。角度だけは必要十分以上だった打球が突風に乗った。思わぬ形で打球が伸び、狭い球場のスタンドに届いた。
「…………」
打球を放った当の本人であるあたしですらも、少し諦め気味にダイヤモンドを走ってたから、この事態を正しく認識するのには時間がかかった。だけどまもなく観客が沸いて……
「うおおおおおおおおおおお!!!!!逆転!逆転ツーラン!!」
「ナイバッチ閑さん!」
「これぞ一軍の底力だぜ!!!」
時間が流れ始めたのはあたし達紅組側と、観客のみ。白組の子達はまだ呆然と、ライトスタンドの方を見つめてた。
プロに入ってホームランなんて、練習試合を入れてもこれでまだ3本目なんだけど、こんな時に出ちゃうなんてねぇ……あたし自身も嬉しいより先にびっくりだわ。お互いに突風に助けられたけど、ファールとホームランじゃ釣り合いが取れてないわよねぇ……
だけど、これで5-4。あんまり胸を張れる内容じゃないけど、それでも土壇場でひっくり返せた……!
******視点:三条菫子******
……あの子は、雨田司記は投手として"天才肌"ではなく"秀才肌"。これは決して悪い意味じゃない。『理想的なテンプレートを自ら構築して、どんな状況でもそれを誠実に再現し続けられる』という意味合い。確かにその分融通がきかないところもあるけど、『常に高い期待値を期待できる』というのは、客観的に見て信頼を置きやすく、『最大値こそより高いけど偏差も大きい』"天才肌"より価値の高い選手として重用されうる。
あの子の場合、その『理想的なテンプレート』は特に高校時代に培われたもの。周囲が意識の低い選手ばかりで、常に必要以上のプレッシャーを背負って投げることを前提として構築されたもの。
だけど、今は前提が違う。信頼できる味方の元で伸び伸びと投球ができる環境。そのおかげで投球に不要な筋肉の余計な緊張が解け、今まで以上に柔らかくしなやかな身体であれほどの出力を引き出すことができた。
でも、身体がアップデートされても、認識がアップデートされてなかった。いつもと違う感覚でいつものように反復を行った結果、フォームに少しずつ、視認しづらいレベルの齟齬が生じ続けた。だからスライダーが曲がらず、まっすぐも最大出力は凄まじくても安定した出力が発揮できず、最後にはあんなスピードもキレもない絶好球が放たれてしまった。
……ま、もっともこれは私自身の経験に基づく推測に過ぎないけどね。私もあの子みたいに、小学生の頃は『御曹司とお嬢様の嗜み』程度のぬるま湯な環境でしか野球をやらせてもらえなかった。中学に上がってから似たような経験をしたわ。
ただでさえ安定した出力を持ち味としていながらも、あれだけの潜在能力。去年の高校BIG5の中で最も価値の高い存在だと評価した通りで個人的には嬉しいんだけど、あの子にはあの領域に到達するにはまだ早いわね。




