第百四十話 今宵も月が輝いてる(1/?)
******視点:三条菫子******
9月30日、ペナントレース最終戦前日。オフィスで諸々の事務作業。
「オーナー殿。こちらはここ1ヶ月以内に市場に出回った、バニーズについての記述が確認された書籍でおじゃる」
「ん、ありがと。そこに置いといて。何か気になるものはあった?」
「こちらで目を通した限りでは選手や球団のイメージダウンになるような記事は特になかったでおじゃる。ただ……」
「『ただ』?」
「まぁ別に名誉毀損とかそういうのではないのでおじゃるが、こういうのが……」
「……あー、なるほどね……」
吉備が積み上げた書籍の中から1冊の雑誌を抜き取って、表紙を私の方に向ける。タイトルは『Vやねん!バニーズ』。タイトルだけでもアレなのに、『強すぎてたまりません』とか、『胴上げ待ったなし!』とか、もうすでに優勝が決まったかのようなテンションの煽り文だらけで……
「確かにメスガキスポーツから大きめの取材受けてたけど、あれって9月の頭頃だったかしらね……?」
「でおじゃるな。ちょうど大型連勝で脂が乗ってた頃……」
「……『これで優勝逃したらそれはそれでオイシイ』とか、ほんのわずかに考えちゃう自分が嫌になるわ」
「麻呂もでおじゃる。関西人の悲しき性ですな……」
こんな壮大なフリをされちゃね。でももちろん、チームの敗けを望むオーナーなんているわけない。
「……まぁこんなのが出回るのは現場がよくやってくれてる証拠ね。正直、赤猫を急に呼んだ時は伊達の悪い癖が出たかと思って一言入れるか悩んだけど、結果を出したのなら文句はないわ」
「センターの秋崎と相模がここ最近微妙だったのも事実ですからな」
「何にせよ、どんな手段であろうと『舞台』に上がれるようになるのならそれで十分」
「『彼女のための』……ですか」
「現状はとりあえずバニーズが『舞台』に上がれるのが当たり前くらいの強さを得られれば良いわ。"相手役"の候補がまだリハビリ中で、どのみち要素が色々足りてないんだし」
「全ては例の『奇跡』とやらのため……」
「…………」
「これは単なる独り言でおじゃるが……本当にそんなことが実現しうるのか?原理は確かに理解できるが……」
「……実現するに決まってるじゃない。私はそのために今までやってきたんだから。今更『付き合ってられない』なんて言わないわよね?」
「無論、そのつもりは毛頭ない。こうなった以上、最後まで付き合うでおじゃるよ。ただ……」
「『ただ』?」
「……いや、何でもないでおじゃる」
(麻呂には三条に負い目がある。どんなに非現実的な目的であろうと、たとえ最終的に実現しなかろうと、麻呂には三条の力になる義務がある。だが、肝心の野球で夢叶わなかったからこそ、三条には野球以外でも何でも良いから報われてほしいものでおじゃる。せっかく才色にも、経済的にも恵まれて生まれてきたのだから。誰にも恥じることのない生き方をしてきたのだから。そう願うのが、教育者であった麻呂にとってのせめてもの矜持。だが、そんなことを口にしたところで……)
まぁどうせ私のことを慮ってのことでしょうね。『わざわざこんなことに人生賭けなくても』って。せめて人として、女として幸せになってくれればって。
気持ちは嬉しいけど、余計なお節介よ。大金持ちのお嬢様として生まれようが、勉強でも仕事でも何でもできようが、私がずっと望んできたのは……
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******視点:月出里逢******
9月30日、ペナントレース最終戦前日。優輝の部屋のベッド。
「うん。ありがと。それじゃ、また明日……」
電話を切って、隣で同じように裸のままうつ伏せで肘をつく優輝に身体を寄せる。
「すみちゃん?」
「うん。明日試合観に行くって」
「ますます明日は負けられないね」
「だね」
「うぇっ!?」
掛け布団の中に手を入れて、優輝のをまさぐる。
「優輝は来れない分、あと1回してくれるよね?」
「明日に響かない……?」
「余裕。むしろやんなきゃ気持ちが昂りすぎて落ち着かないんだよね。優輝はしたくないの?」
「……したい」
顔の割に結構鍛えてて厚みのある優輝の身体。小さいあたしの身体が余すことなく包み込まれる。
「ケケケ……正直でよろしい」
諦めかけてたプロ野球選手の夢も、どのみち叶えるつもりだった『好みの男とよろしくやりまくる』今も、叶えられたのは全部すみちゃんのおかげ。
……そして、すみちゃんの可能性の1つが潰れたのはきっとあたしのせいでもある。だからすみちゃんの望みは何でも叶えてみせる。万年最下位の球団を常勝球団にするのも、"史上最強のスラッガー"になるのも。すみちゃんがどんなに途方も無い望みを掲げようが、誰にも後ろ指をささせやしない。
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