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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第四章 黄金時代
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第百三十九話 命が輝く瞬間(7/?)

 9月26日。今日含めて残り3試合。


「!!これも三塁線……いや、サード飛びついて捕った!」


「「「「「おおおおおおお!!!」」」」」

「さすがちょうちょや!」

「これでようやく……!」


「一塁は……」

「アウト!」

「アウト!スリーアウトチェンジ!!しかしこの回、ウッドペッカーズは古谷(ふるや)のタイムリーなどで一気に4点を挙げました!5-2、ウッドペッカーズ、逆転!!」


 ……まぁこういうこともあるわよね。烏丸(からすま)くんはエース級になりうるポテンシャルはあると思うけど、良くも悪くもシーズン中でも色んなスタイルを模索したがるタイプだから、調子の波が大きいのが難点。


「5回の裏、バニーズの攻撃。9番キャッチャー、有川(ありかわ)。背番号0」

「ストライーク!」

「初球まっすぐファールチップ!148km/h決まってストライク!」


 それに、今日の向こうの先発は赤坂(あかさか)くん。リリィちゃんが逆転ツーラン打って一時はリードできたけど、それでも向こうは年季の入ったエース級。


「1番サード、月出里(すだち)。背番号25」

「ワンナウトランナーなしで打席には月出里。今日はここまでヒットなし……」

(右のスライダーP……外集められるとめんどくさい。30本塁打まであと2本もあるけど、3点ビハインドだし、あんまり欲張れないよね……)

「打ちましたがこれはショート正面……」

「アウト!」

(せっかく逆球っぽかったのに……!)


 あの(あい)ちゃんだって、打てない時は普通にある。ほとんど空振りしないからって、イコール野手のいないところにしか飛ばないわけじゃない。打ち損じることだってある。野球は短期の勝負じゃ本来の実力がなかなか(にじ)み出てくるものじゃない。


「2番センター、赤猫(あかねこ)。背番号53」

「ツーアウトランナーなし、打席には赤猫。今日も第1打席でレフト前にヒットを放ち、シーズン初出場から5打席連続安打となりました。第2打席はサードゴロに倒れましたが……■■さん、赤坂相手でもしっかり結果を出せてますね」

「良い形で試合に臨めてますね。どの打席でもタイミングはバッチリ取れてて空振りもほとんどしない。ボールゾーンの球でも簡単に打ち返す。元々3割常連のアベレージヒッターでしたが、この歳になって円熟した感がありますね」


 そして、逢ちゃんの逆も然り。短期の勝負なら、8割打者だってたまに現れたりする。


「ストライーク!」

「まずは外、バックドアのスライダーから入ってきました!」


 ……赤坂くんはどっちかと言うと、細かい制球よりも球威で勝負するタイプ。でも今日は四球がまだ1つもなくて、こういうスライダーでカウントを稼げるんだから、調子はかなり良いみたいね。


「ボール!」


 ただ、それでもエンジン全開って感じじゃない。はっきりと表情に出てるわけじゃないけど、1年近く戦ってきたことによる疲労。赤坂くんに限らず、バックの野手だってそう。シーズンを消化していくと、同じバットを振っててもどんどん重くなっていくような感覚になる。味方だけじゃなくて対戦相手だって同じように年に100試合以上やるわけだから、観客視点で観てるとそういう疲れによる環境全体のパフォーマンスの減数(デクリメント)っていうものは気づきづらいものだけど、あたしは現役の選手としてそういうのを10回以上は経験したからよくわかる。

 もちろん、今年のあたしも二軍で試合に出続けはしたけど、二軍の試合の数は一軍より少ないし、そもそも二軍の試合にフルで出るような選手なんて期待の若手くらいのもの。歳を取って1試合単位でのスタミナは落ちちゃったけど、シーズン単位でのスタミナはまだ残ってる。


 そんな物理的なアドバンテージも確かにある。でもそれだけじゃ説明のつかない、ここ最近の感覚的なアドバンテージ。投げる前のごく微細な動作や表情とか、そういうのでも次の一手が読めるようなこの感覚。打ってる時にあたし自身の1秒先の動きさえ第三者視点で見れてるような不思議な感覚。


「!!!ストレート打った!ピッチャーの頭上越えて、センター前!!」


「「「「「よっしゃあああああ!!!」」」」」


 おかげで、今時の球界でも平均球速で上澄みな赤坂くんのまっすぐであっても、衰えたスイングスピードでどうにか間に合う。素のパワーが弱くても、インパクトの瞬間がわかるから、その瞬間に脱力してた身体に力を込めることで、ヘッド負けすることなくクリーンヒットを打てる。


「赤猫、今日もマルチヒット!35歳のベテランがここにきて絶好調!」


「8割打者継続とはたまげたなぁ……」

「しかも内野安打ゼロって……」

「何で今更覚醒してるんですかねぇ……?」


 ……昔からずっとチビだったから、プロに入ってすぐの頃は、守備走塁くらいしか期待されてなかった。実際、ホームランは通算で3本。一応3割は何度か打ったけど、全盛期の脚で稼いだ内野安打抜きじゃ絶対にそこまでは届かなかった。そんなあたしがこの歳になって、バッティングが何たるかを掴んじゃったのかもしれないわね……


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 9月27日。ホームで今年最後のビリオンズ戦。

 昨日はあのまま負けちゃって、優勝するのにますます余裕がなくなった状況。残り2試合で今日の先発は恵人(おかっぱ)ちゃん。前の登板で乱調だったから色々不安だけど……


「オッケーイ!」


 試合前、ブルペンでの投球練習をチラッと見る限りでは良い球を投げてる。それに、恵人(おかっぱ)ちゃんの表情も何故か妙に明るい。


「あ、お疲れ様です」


 小休止を取ってる恵人(おかっぱ)ちゃんの隣に座る。


「お疲れ。えらくご機嫌ね」

「あ、はい。まぁ……」

「日程的にペナントじゃ今日で多分最後よね?緊張してない?」

「大丈夫です。今日は最後だからってことで、お父さ……父が観に来てくれるみたいで」

「……!」

「前の登板で色々落ち込んだりもしましたけど、チームがこんな状況で、父も観てるんじゃ、そんなことしてられないなって」


 『お父さんのため』、か……


「大丈夫。絶対勝たせてあげる」

「今日もいっぱい打ってくださいね?」

「もちろん」


 また頑張らなきゃいけない理由が増えたわね。


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