第百三十九話 命が輝く瞬間(4/?)
何やかんやあって、もうゲーム中盤。
「カーブ打って……センターの前、落ちましたヒット!」
「「「「「ナイバッチちょうちょ!」」」」」
泳がされながらもヘッドが最後まで残ってる……ほんと、ただただ上手いわ逢ちゃん。ただの力任せのバッターじゃないのがよくわかる。
今のあたしにとっては、ああいうバッティングが目指すべきところでしょうね。
「2番センター、赤猫。背番号53」
「5回の裏、2-1、ノーアウト一塁二塁!一打同点、長打で逆転の場面で打席には赤猫!今日はここまで2打数2安打、この大事な局面での大抜擢に見事に応えております!」
1打席目だけじゃなく、2打席目もレフト前。まるでリプレー映像のように、結果だけじゃなく内容も大体同じ。だからそうなってくると……
「ウッドペッカーズの内外野は左寄りに守ってますね……センターとレフトはさらに前にも寄ってます」
「ここはもうあからさまに逆方向のシングル警戒ですね」
(さっきまでの2打席、確かに見事な流し打ち。そっくりそのまま教科書に載せても良い。だが、引き出しの少ない打者はあっという間に淘汰されるのが今どきの野球だ)
やっぱりそうくるわよね。
「ボール!」
「これは低め外れました!145km/hまっすぐ!」
そして変わらず速い球から。
「ストライーク!」
「外!決まってストライク!」
「赤猫は今日多分初めての空振りですかね?」
……スライダーを投げてきたのもね。あたしみたいなおばさんにこんな何重も策を練ってくれるなんて光栄だわ。
(よし、これが決まったのは大きい。確かにレフト方向へのシングルを対策してるが、だからと言って易々と打たせるつもりもない。今のもあると分かれば、そう簡単にさっきと同じようなバッティングはできまい)
そうね。あのまっすぐに加えてもう一択。ボールが来るとこが何となく視えても、タイミングとかゾーンに入ってくる角度が違えば、打球が飛ぶ先も変わってくる。
……けど、こっちとしてもさっきまでと同じように打つ必要はない。
「!!外引っ張って、一二塁間……捕れませんライトの前!」
「「「「「おおおおお!!!」」」」」
「セーフ!」
「ノーアウト満塁!チャンス拡大!!赤猫、何と今日3打数3安打!!!」
「ファッ!?猛打賞やんけ!!?」
「マジでいけるやん閑たそ!」
「た、ただのアヘ単やし……(強情)」
(まさかあんなに踏み込んで引っ張ってくるとは……)
別にパワーがあるから引っ張れる、パワーがないから引っ張れないっていう話じゃない。結局のところ、打球の方向を決めるのはインパクトの段階でヘッドがどれだけ回ってるか。早めに始動して、そしてあえてインステップすれば、スイングがあんまり速くなくても引っ張り方向に打球を持っていくことはできる。
もちろん、打球の遅さは如何ともし難いけど、それだって捕らせなければ良いだけの話。さっきみたいに、広く空いてた一二塁間を狙ったりね。
「ストライク!バッターアウト!」
「外!入りました見逃し三振!!」
(えぇ〜……外れたっしょ今のは……)
「おいおいかおりん!ノーアウト満塁やぞ!?」
「もうちょっと積極的にいこうや!」
「何やってるのよ、あの無気力ブスは……」
確かに今のはかわいそうね。選球眼自慢の火織ちゃんに限らず、かつてのあたしも、多分あれは基本振らない。でも、球審の傾向も頭に入れるのも必要なスキルよね。ここ最近たまに聞くAI審判とかが導入されない限りは。
「!!!センター大きい!下がって……フェンスに当たった!!」
「「「「「よっしゃあああああ!!!」」」」」
「セーフ!」
「三塁ランナーホームイン!続けて二塁ランナーもホームイン!!」
「よっしゃ!逆転や!!」
それだけじゃ終わらないわよ……!
「!!!一塁ランナーも三塁蹴って一気にホームへ!!」
(調子こいてんじゃねぇぞおばさん!!!)
「セーフ!!!」
「ホームイン!……っと、ここで柿崎監督が出てきて……リクエストです!」
確かに際どいタイミング。あたしもほんと衰えたものだわ。センターの子も返球が早かったけど、今ので楽々セーフにできなくなった脚もさることながら、この程度のベースランニングで息切れしちゃって。
……でも、そんなあたしでも衰えてないものがある。
「セーフ!」
「判定覆りません!一塁ランナーもホームインで4-2!!オクスプリング、走者一掃の逆転タイムリーツーベース!!!」
今のあたしの脚でどこまで進めるかの判断力。むしろ成功も失敗も重ねて、若い頃より磨かれたまであるわ。
「「「「「いよっしゃあああああ!!!」」」」」
「やるやんけイギリス人!」
「打線ようやく戻ってきたで!!」
今日ようやく一軍だけど、ついこの間まで一軍が優勝争いのプレッシャーで打線が全然振るわなかったのはもちろん知ってる。せっかく息を吹き返してきたところに水を差さずに済んだわね。
「閑さん!ほんとすごいですよ!まだまだ全然やれますよ!」
「ふふっ……ありがと」
いつも飄々(ひょうひょう)としてる百合花ちゃんだけど、珍しく随分と興奮してる。ついさっき勝ち越しを許した直後にこれだからね。
……伊達さんにあんなこと言ったけど、負け続けてきたあたし達だって今年のウチに貢献してるんだってのを証明したい気持ちは同じ。百合花ちゃんもこれで今日2桁勝利に届いてほしいところだわ。
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