第十五話 速いけど、まだ早い(6/8)
9回表 紅3-4白 1アウトランナーなし
○白組
[先発]
1二 徳田火織[右左]
2中 有川理世[右左]
3右 松村桐生[左左]
4一 天野千尋[右右]
5三 リリィ・オクスプリング[右両]
6捕 冬島幸貴[右右]
7指 伊達郁雄[右右]
8左 秋崎佳子[右右]
9遊 月出里逢[右右]
投 雨田司記[右右](残り投球回:1回)
[控え]
夏樹神楽[左左]](残り投球回:1回2/3)
氷室篤斗[右右](残り投球回:0)
山口恵人[左左]](残り投球回:0)
●紅組
[先発]
1中 赤猫閑[右左]
2遊 相沢涼[右右]
3右 森本勝治[右左]
4左 金剛丁一[左左]
5一 グレッグ[右右]
6指 イースター[右左]
7二 ■■■■[右右]
8三 財前明[右右]
9捕 土生和真[右右]
投 花城綾香[左左]
[降板]
三波水面[右右]
早乙女千代里[左左]
桜井鞠[右右]
相模畔[右左]
牛山克幸[右右]
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******視点:雨田司記******
(らしくもなくはしゃいで……どういう風の吹き回しか知らんけど、乗ってるのなら上等や。次は外スラいくで。甘くなきゃええ。外れても全然OKや。これで振ってくれんでも、また真っ直ぐ投げればほぼ勝ちや)
そうだね。相模さんの時みたいに、単純すぎると手痛い目に遭ってしまうかもね。乗ってる時こそ慎重に……
「む……!?」
「え……!!?」
スライダーが曲がらない……!?
「サード!」
(くそッ……せっかくの失投なのに、速さを警戒しすぎて体重が前に……!)
「よし!これなら……げっ!!?」
イージーなサードゴロと思いきや、グローブに収まる直前にイレギュラーバウンド。
「セーフ!」
「あちゃあ〜、ここでエラーか……」
「おいザルサード、今日2つ目やぞ!」
「す、すまん……雨田……」
幸い後ろには逸らさなかったけど、追うのに時間がかかってしまった。
リリィさんは申し訳なさそうにしてるけど……
「ドンマイドンマイ!今のは捕れなくてもしょうがないですよ!!」
「……!!!??」
「ボクの方こそ、今のは失投でした。お互いきっとどこかで油断があったんでしょう。次は赤猫さんです。改めて、気を引き締めていきましょう」
「……せやな。次こそは絶対捕ったるから、安心して投げぇや」
(ええ顔しとるやん、雨田。それでええ)
実際、今の打球は捕れなくても仕方なかった。いわゆる名手であっても簡単に捌けるものではなかったと思う。そんな打球を簡単に打たせてしまった責任はボクにある。
それに、そういうのを抜きにしてもリリィさんに恨みなんてない。むしろこの場面は恩を返せる良い機会だとすら思ってる。
「1番センター、赤猫。背番号5」
(まっすぐが乗ってて、恐らく変化球の失投の後。そして残りアウトカウント2つ。相手もあまりリスキーな真似なんてしたくない場面。間違いなくまっすぐで押してくるはず。ずる賢くレフトの前にでも落としてやるわ)
「ワンナウトワンナウト!」
「あと2つ、集中していこう!」
バックもまだまだ盛り上がってる。これなら全然大丈夫だろうね。
……リリィさんはボクを今日の先発の座から引きずり下ろした張本人。昨日は確かにそのことに腹を立てたりもしたけど、今となってはリリィさんの真意もわかる。あの人はチームが勝つために、そしてボクが一歩先に進むために嫌われ役になってくれた。正直にボクの欠点を指摘し、実際にそのことを証明してみせた。守備だって少しでも良くなるように必死だったことも知ってる。
仮にも"世界一のエース"を目指してるボクが、そんな人のせいでチームが負けたなんて結果をもたらして良いはずがない。今日勝つために全力を尽くした白組に恥をかかせて良いはずがない。
絶対にそんなこと、させてたまるか……!!!!!
「は……!!!!???」
さっき土生さんの打席の時から続く、この不思議な感覚。もしこの状態で全力で投げたらどんな球がもたらされるのか?
「す……ストライーク!!!」
「う、嘘だろ……」
「まじかよおい……」
その答えが出て、球場中がどよめいた。
「ひゃ……ひゃ…… 1 5 9 k m / h ……!!!??」
「多分球団史上最速だろ、これ……」
「すげぇぇぇぇぇ!!!!!」
「これはドラ1スーパールーキー雨田司記」
「バニキの手首はボロボロ」
159km/h……最速更新だね。あの人に追いつくまで、あと3km/h……
なんてことは今はどうでも良い。
(な……何なのよこのえげつない球……!!?)
あの球界を代表するスター、赤猫閑が空振り1つで明らかに動揺してる。多分まっすぐの力押しでくるのを完全に読んでたはずなのにこの結果だからだろう。今はこれで十分。この球で赤猫さん達に勝って、白組も勝たせる。今のボクの望みはそれだけだ。
******視点:赤猫閑******
「ボール!」
1球外れてくれた。だけど、それだけで安堵するなんて屈辱としか言いようがないわね。
だけど、敗北以上の屈辱なんてない。こうなったら……!
(……フッ、天下の盗塁王が随分と弱気じゃないか。だけど、好きなようにすれば良い)
「ッ……!!!」
2打席連続のセーフティ狙い。だけど想定より伸びた速球を前に転がすことは叶わず……
「ファール!」
(仮に前に転がってたとしても、バックがきっと捌いてくれてた。大人しくアウトをくれれば過程なんて三振でも何でも構わないさ)
ストレート一辺倒。159、159、158の、速度とキレの暴力。制球とか元々の欠点は変わってない。あまりにも単純極まりない投球なのに、このあたしが、天下の赤猫閑が、全く手も足も出ないなんて……!
「すごい!すごいよ雨田くん!」
(全く、あのイキリ眼鏡……とんでもねぇ力技だな。セーフティを強引に潰したり、駆け引きもへったくれもない投球。だけど、決して自分勝手に振る舞ってるわけじゃねぇ。初めてお前のこと『かっこいい』って思えたよ)
元々雨田くんは味方のミスとかピンチに動じるタイプじゃなかったけど、それはあくまで味方に対する無関心によるものだったんだと思う。だけど、今は違う。気にしないどころか凄みを増してる……!
(やりゃあできるじゃねぇか、雨田。俺もうかうかしてられねぇな……!)
(ウフフ……今まで全然張り合いがなかったのに、氷室くんに雨田くんといきなり賑やかになったわね)