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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第四章 黄金時代
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第百三十八話 ラストピース(9/9)

「第四巡選択希望選手、天王寺時藤(てんのうじときふじ)バニーズ。赤猫閑(あかねこしずか)。外野手。尾張(おわり)大学」


「4位赤猫?ハァ?」

「ああ、あのやけに脚の速いチビやっけ……?」

「そんなん別に育成とかでええやん……」


 高校に進学して嚆矢園(こうしえん)に出たり、高校の時点で一応育成指名されたけど収入や将来性の面で拒否してお父さんと同じ大学に入ったりして、ようやく本指名された。一応就活もしてたけど、球団から提示された条件も悪くなかった。

 バニーズはその頃から暗黒時代真っ只中だったけど、逆にそれが良かった。嫌な宿命を背負ってる者同士ってことで共感できたし、そんなバニーズを優勝させることができれば、それもあたしが生まれた意味にできると思ったから。


「セーフ!」

「盗塁成功!ルーキー赤猫、オールスター前に20盗塁に到達!」


「何やあのチビ!?(驚愕)」

「ああ^〜閑たそかわええんじゃ^〜」

「誰や!?『脚が速いだけのいつもの顔だけ枠』言うてた奴は!?(テノヒラクルー」


 確かに勝てないのがデフォだったけど、選手層の薄さのおかげで早くからスタメンに定着できて、必然的にタイトルも早めに獲れて。稼ぐという目的の上では申し分なかった。


「アウト!ゲームセット!」


 計算外だったのはその弱さが想像以上だったということ。あたしがプロとしてプレーし始めた2009年の時点で、もう10年くらいは優勝を逃し続けてたから、あたし自身も含めて戦力を建て直して、そう時間がかからず優勝争いができると思ってた。


「まぁこういうのが芸風みたいなとこがあるからなぁ」

「ちゃんとタイトル争いしてる奴もいて経営はできてるんだから、ガチるのはヴァルチャーズやビリオンズの役割ってことで」

「先輩!この後飲みに行きませんか!?」


「…………」


 おばあちゃんが言ってた通り、人が抱えてる苦しみや幸せになる方法なんて人それぞれ。でも長い負けの歴史が、そういうのに方向性を生み出してるのも事実だった。

 別に誇ることでもないけど、現代の日本に生きてる人間の大部分は多分あたしほど辛い生い立ちはしてないはずだし、プロ野球選手になってある程度以上になれた時点で人生勝ち組は確定。そこから先は楽に流されるのは仕方ないっちゃ仕方ない。いつも自分が生きてる意味を作り出そうとしてて、そのためにどこまでも勝とうとし続けるあたしに合わせられる人なんて少ないのも仕方ないこと。


「赤猫選手!来シーズンはバニーズに残留とのことですが……」

「はい。宣言残留も認められてたんですが、やはりバニーズに指名していただいたからこそプロとしてのあたしがあると思いましたので、ひとまず来シーズンはバニーズで優勝すべく契約させていただく運びとなりました」


 でもやっぱりその温度差で、球団を出ることも少しは考えたけど、結局はバニーズに残った。

 いざという時におばあちゃんの面倒を見るためにも、同じ負けっぱなしでも地元のサラマンダーズへってのも考えたんだけど、少なくとも選手個人としては成功して億単位の年俸を稼げるようになって、お父さんも逝った今地元に戻ったら、あのクソ女が決まりを律儀に守るとは思えないし、それでおばあちゃんにも迷惑をかけるかもしれないし。

 それに、バニーズでプロになったのはあたし自身が選んだ道。その中で頂点に立つことこそ、おばあちゃんの言ってたことに適うと思うから。


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 なのに、整理対象一歩手前になった途端、あとちょっとで優勝という状況。ほんと、生まれの不幸を呪いたくなる衝動に駆られる。こうなったら高校の時点で育成覚悟でプロ入りしてた方が、指名したのヴァルチャーズだったしもっと良い結果があったんじゃないかとか、過去の分岐点の1つだけでも良いから切り替えられたらって不毛なことを考えてしまう。


「アウト!ゲームセット!」

「試合終了!11-0!ヴァルチャーズ、カード勝ち越し!」


 こうやって刻一刻と残りの試合がどんどん消化されていくんだし、今から引退試合に向けて気の利いたことを言えるように考えといた方が良いかもしれないわね。指導した佳子(よしこ)ちゃんが今年結果を出したし、そのことを前面に出そうかしら?そうすれば、コーチとして再雇用もしてもらえるかもしれないし……


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「うーん……あ」


 試合後の自宅。唸りながら引退試合用の原稿を丸めてると、スマホに着信。相手は伊達(だて)さん。今の時間だと、一軍の試合が終わってすぐくらい。どうしたのかしら?このタイミングで……


「お疲れ様です、赤猫(あかねこ)です」

「お疲れ。赤猫くん、今ちょっと大丈夫かな?」

「あ、はい」

「明後日からのこっちのホームゲームだけどね、赤猫くんに出てもらうから」

「え……?」

「君が優勝のためのラストピースになると信じてるよ、赤猫くん」


 ……マジで?

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