第百三十八話 ラストピース(6/?)
それからは早かった。あたし自身の証言だけじゃなく、近所の人達も、ボロアパートの薄い壁越しの怒鳴り声は聞いてたし、住人でもない男が何人も頻繁に出入りしてたことも、低学年の女児が頻繁に1人で公園にいたことも前々から問題視されてた。
「申し訳ございませんでした!」
あたしの盗みも明るみに出たけど、お父さんと一緒に謝りに回って、あたしの年齢とあのクソ女に強要されたってことで許してもらえた。
「……やっぱりそうだよな」
あたしとお父さんに血の繋がりがないことも科学的に証明されたけど、そんなことはもうどうでも良かった。
「…………」
あたしの養育費を自分勝手に使った分は不問にする代わりに、あたし達とあのクソ女は今後一切の接見禁止。あのクソ女からお父さんへの親権の譲渡が正式に決まった日、あのクソ女と最後の面会が行われた。
「へっ……」
「?」
「良かったなぁ、アンタ。コイツが父親じゃねぇってわかったんだろ?身長170もねぇチビで、ニキビ跡も目立つし一重瞼。おまけにチ■ポも小せぇ。稼ぎしか取り柄のねぇ劣等遺伝子の雑魚オス。ちょっと優しくしてやっただけでコロッと騙された童貞丸出し野郎。そんな奴はATMにして、種は外注した方が世のため人のため。アタシも正直、アンタの本当の父親は心当たりありすぎてわかんねぇけどさ、少なくともこんなのよりはだいぶマシなオスから仕入れてきたから安心しろよ、な?」
「おい……!」
「ハッ……ホントのことじゃねぇか、元旦那様?」
「そういうことじゃない。閑に聞かせる話じゃないだろ……!」
「…………」
「アンタ、アタシに似てるからねぇ。きっとアンタ、アタシみたいな女になるよ?でも気に病むこたねぇよ。女ってのはアタシらみたいに綺麗なら、そうやって生きられる生き物なんだからなぁ?むしろそうやって汚く生きなきゃ、どんどん損するばっかり。中途半端に正しく生きようとしても、絶対に痛い目に遭うだけ。よぉく覚えておきな?アタシからアンタへ母親として、同類の女の先輩としての、最後の忠告だからよぉ?」
「……あたしはアンタみたいなクソ女にはならない」
「だと良いな」
あたしのことをロクに名前で呼ばなかったあのクソ女に、今更未練なんてなかった。そんな言葉は忠告なんかじゃなく、単なる負け惜しみだと思ってた。
「閑、ダメだぞ?あんな言葉遣い」
「ごめん。でも、ありがと」
「?」
「ダメなことをダメだってちゃんと言ってくれたから」
「……!」
「そんなお父さんはかっこいいよ。あんなこと、気にしなくて良いんだよ」
「…………」
並んで歩くお父さんと手を繋ぐ。その手はずっと震えてた。
「学校のみんなとお別れになっちゃうな」
「うん。泥棒して色々と気まずいし」
「……パパも信じてるからな」
「?」
「閑はきっとこれから先も、良い子でいてくれるって」
「……うん」
持ってる物はことごとくあのクソ女に売られちゃったから、おばあちゃんちに引っ越すのもすぐだった。
「はーい皆さん。新しいお友達を紹介しますよー。今日からこのクラスで一緒に勉強する、赤猫閑ちゃんでーす!」
「よ、よろしくお願いします……」
「うわっ、めっちゃ可愛い!」
「隣来い!隣来い!」
「ちょっと男子ー!静かにしなさいよ!」
おばあちゃんちの近くの小学校へ転校。また苗字がお父さんのに戻って、嬉しいやらなんやら。
「じゃあ赤猫さんはこの席ね。わからないことがあったら隣の池山さんに聞いてね」
「私、池山満瑠!赤猫さん、よろしくね!」
「よろしく……」
クラス委員長をやってたまるちゃんとは、この時に知り合った。
「はい、ではこの問題ですが……誰かわかりますか?」
「はい!120です!」
「正解です!」
「「「「「おおっ!」」」」」
お父さんとおばあちゃんと一緒に暮らす上で、あたしは1つの目標を立てた。
「すごいな閑!100点じゃないか!」
「えへへ……」
「何かご褒美をあげないとな。何が良い?」
「あの、パパ……」
「ん?」
「あたし、野球やりたい」
「え……?」
お父さんと同じように勉強を頑張って良い会社で働くか。野球を頑張ってプロ野球選手になるか。どっちにしても真っ当な方法でいっぱいお金を稼げるようになって、お父さんとおばあちゃんに恩返しすること。
野暮ったい話だけど、突き詰めれば赤の他人でしかないあたしにできることはこれしかないって思った。お父さんと同じように勉強ができれば、それだけお父さんとの繋がりを覚えられると思ったし……
「セーフ!」
「うぉっ!?速っ!!?」
「あれで二塁行けるのかよ!?」
悪いことして鍛えられてしまった脚にも、お父さんとおばあちゃんのためになる意味を見出したかった。
「パパ。今度の土曜日、まるちゃんとショッピングモール行こうと思うんだけど……」
「おっ、例の隣の子か?」
「うん。いっぱい話して仲良くなれた」
「よーし!パパが車を出すからな!」
「えへへ……ありがと」
ほんとは休みの日はずっとお父さんと過ごしたかったけど……
「まるちゃん!」
「しずちゃん!」
「おっ、君がまるちゃんか」
「はい!池山満瑠です!今日は送迎ありがとうございます!」
「ははは!どういたしまして!これからも閑と仲良くしてくれよな?」
「はい!」
こうやって友達も作って過ごした方が、お父さん達も安心すると思って。それくらい、あのクソ女の言ってたことを否定したくてしょうがなかった。
「あの……赤猫。ちょっと放課後、時間あるかな……?」
「う、うん。ごめん、まるちゃん。ちょっと今日帰り遅くなるかも……」
「良いよ良いよ!待ってるから!いやぁ、モテる女はツラいねぇ……」
「あはは……ん?」
何となく机の引き出しに手を入れると、手紙が一通。
「……ごめん。やっぱり先に帰ってて良いよ」
「だねぇ……」
ハートのシールで封をされたその手紙。中を見なくても内容は大体わかる。
「あの……おれ、赤猫のことが好きだ!」
「……ごめん。あたし、そういうのまだあんまりわからなくて……」
「うっ……」
「あの……おれ、赤猫のことが好きだ!」
「……ごめん。あたし、そういうのまだあんまりわからなくて……」
「うっ……」
やっぱりそういう用件。帰りに下駄箱を開けると、また一通。
「おい、田中も撃沈したらしいぞ……」
「いやぁ、マジでガードが固いなぁ……」
「あんなに可愛い上に、勉強できて近所の野球チームでも1番ショート。マジで一軍女子だわ……」
「…………」
お父さんやおばあちゃんのために頑張れば頑張るほど、あのクソ女に似ないように意地を張れば張るほど、言い寄られることも多くなって。




