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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第四章 黄金時代
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第百三十八話 ラストピース(5/?)

「オラ、さっさと()ってこいや!逃げ足だけがテメェの取り柄だろうが!!」

「ひっ!ごめんなさい!ごめんなさい!」


 だから、あのクソ女のどんどん荒くなる口調に慣れてしまって、『普通』の水準もどんどん下がっちゃって。


(ママのため、ママのため……)

「くそッ!どこ行った!?」

「ものすごいすばしっこい子だったわね……あっという間にいなくなっちゃったわ」

「あのガキ、そういやこの前ブラックリストで見たような……」


 何度も盗んだから近所じゃ目をつけられてたし、あのクソ女にもっと高い物を盗むようにも言われたし、そのせいでかなり遠くにも行かなきゃならなくなって、帰りもどんどん遅くなった。でもどのみち早くに帰ったら男の人がいて追い出されるから、そういう意味でも母親に娘として孝行してる気になってた。


「お弁当……うん、崩れてない。これならママに怒られない」


 ……『怒られなければそれで十分幸せ』。そんな夢を見てたけど……


「た……ただいま、ママ……」


「ギャハハハハwwwwwww大丈夫大丈夫!あの粗チン野郎、稼ぎだけは良いからwwwwwww血の繋がってないガキのためにATM乙ってカンジwwwwwww」

「おいおい、そんな大事な金ヅルちゃんをパシリに使って大丈夫なのかよ?wwwwwww」

「まぁ死んだら死んだで保険金に化けてくれるしwwwwwwwというわけで来週ワイハね、ダーリン♪」


「……!!!」


 それを知ってしまって、ようやく目が覚めた。保険金云々とか、子供ができる仕組みとかはまだわからない年頃だったけど、『お父さんに似てない』って散々言われてきたから、お父さんが本当のお父さんじゃないことだけは理解できた。

 手に持ってたお弁当をわざと踏みつけて、すぐに家から飛び出した。


「おい!待てやクソガキ!!」

「ッ……!」


 ちょっと前なら、そう言われたら何があってもあのクソ女の下に戻ってたと思うけど、こうなった以上はそんな気に全くならなかった。まだ小学校低学年くらいの年頃だったけど、皮肉にも何度も強要された盗みですっかりそこいらの大人よりも脚が速くなって、物理的にも振り切るのは簡単だった。


「はぁっ……はぁっ……」


 息を切らしながら、夜分遅くにインターホンを連打。何度か行ったことのある、お父さんの方のおばあちゃんの家。お父さんは離婚してからは実家で暮らしてるってのは聞いてたから。


(しずか)!?どうしたんだ、こんな時間に……!!?」

「パパ!パパ!……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッッ!!!!!」


 久々のお父さんの姿。本当はお父さんじゃないってわかってても、泣いて(すが)らずにはいられなかった。


「何じゃ!?」

「母さん、閑が……!」

「!!!とにかく家に入りゃあ!」


 おばあちゃんに促されて、汗と、途中で転んで付いた泥だらけの服を脱いで、とりあえずお風呂に入る。向こうで暮らし始めてから冷たいシャワーばかりだったから、妙に暖かくて。


「……そうか」

「…………」


 そのおかげで気分が落ち着いて、お父さんにも冷静に例のことを話せた。今を思えば黙っておくことも選択肢の1つだったと思うけど、あの時はあのクソ女にあたしもお父さんも騙されてたことが許せないっていう一心だけだった。


「薄々、そうじゃないかって思ってたんだ」

「……?」

「日頃から『閑と全然似てない』って散々言われてきたし、離婚の時も、念の為に親子かどうか調べた方が良いって言われたし」

「…………」

「でも、僕も認めたくなかった。閑はきっと覚えてないだろうけど、閑が最初に喋った言葉は『パパ』だったからね」

「……!」

「僕が閑を抱っこしても、嫌がられたことは一度もなかったし、指を出したら握り返してくれて、笑ってくれて。夜遅くに帰ってきても毎日玄関で出迎えてくれて。そんな閑なんだから、血の繋がりがあろうがなかろうが、僕は閑のパパで、閑は僕の子。今でも僕はそう思ってる。閑はどうかな?」


 そんなの、言うまでもない。


「パパ!」

「閑……!」


 もう一度、お父さんに抱きつく。


「あたし、またパパと一緒にいたい……」

「本当に良いのかい……?」

「パパがパパじゃなきゃ嫌!」

「……!ありがとう、ありがとう……!」


 まだ片付けなきゃいけないことは色々あったけど、その日からおばあちゃんちがあたしの家になった。


「腹ぁ減っただろ?食え食え」

「…………」


 おばあちゃんの手料理。学校以外でプラスチックの容器や袋に入ってない物を食べるのは本当に久しぶり。やっぱりおばあちゃんの作った物らしく、煮物とか漬物とか、小洒落てない物ばかりだけど……


「う、ううっ……」

「ど、どうした閑!?」

「何か変なもん入ってたか!?」

「美味しい、美味しい……!」


 その日も学校の給食を食べ溜めてたけど、涙を流しながら何度もおかわりをして食べ切った。『とりあえず誰かが買ってくれたら食べても食べなくても良い』みたいな物ばかり食べてきたから、味よりも先にあたしのために作ってくれたことが嬉しくて。


「おばあちゃん」

「ん?」

「あたし、ずっとここにいていいの……?」

「当ったり(みゃー)だ」

「ッ……!」

「大変だったなぁ閑。ようここまで来れたなぁ。頑張った頑張った」

「……うん、うん……!」

「閑、今度こそ絶対に一緒に暮らそうな。そのために閑にも色々手伝ってもらわないといけないだろうけど、大丈夫かな?」

「うん……!」

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