第百三十八話 ラストピース(4/?)
「んじゃ、ちょっと出かけてくるから。アタシのもん勝手に触んなよ?汚したらわかってるよな?」
「うん……あ、あの、ママ。来週、学校で遠足があるんだけど……」
「だから何?」
「その、お菓子300円までって言われてて……」
「じゃあ別にナシでも良いんじゃない?ダイエットにもなるっしょ?www……あ、これならそこそこ金になりそうじゃん。こういうの好きな変態もいるみたいだし」
「!?そ、それ……パパが買ってくれた……」
「あ?文句あんの?」
「ご、ごめんなさい……!」
「それで良いんだよ。ちゃあんと売れたら、う■■棒くらいは買ってきてやるよ」
「……ありがと」
それでも、クローゼットにはボロアパートに似合わないハイブランドの服やバッグが詰められてて。あのクソ女は自分の悠々自適な生活を守るために、あたしの養育費から削れるところはとことん削って。お父さんが買ってくれた服やおもちゃもどんどん減っていって。
「ただいま……」
「ショウくぅん、ねぇ……しようよ?」
「ん?おいおい、子供が見てるぜ?」
「はぁ……アンタさ、ちょっと1時間くらい近くの公園にいてくれない?」
「う、うん……」
学校から帰ると大抵、いつも違う男の人がいて、床には服やビールの空き缶が散らかってて。宿題も大体公園の休憩スペースで済ませてた。
「ママー!今度みんなで動物園行こうよ!」
「うふふ、そうね。お夕飯の時にパパにも聞いてみようね」
「うん!」
「…………」
そこら辺の公園にもあるような『普通』を見て見ぬふりしながら、黙々と鉛筆を走らせてた。
「お腹、空いた……」
歳を重ねてもっと偉くなって忙しくもなったお父さんとの面会が減ったのを良いことに、あたしの食費も削り始めて。冷蔵庫を開いても、あのクソ女の好みの男をもてなすための缶ビールくらいしか入ってなくて。もちろん、お小遣いなんてあるわけもなくて。
「あ……」
ふと気がつくと、近所のスーパーに足を運んでた。お腹の虫が鳴るばかりなのに、いつか誰かに食べられる物、誰にも食べられることもないかもしれない物がいっぱい並んでて……
「はぁっ……はぁっ……」
また気がつくと、スーパの外に出てて、ポケットの中にはお菓子が入ってて。別に誰にも追われてなかったはずなのに、初めての時は息切れが止まらなくて。
「……美味しい」
でも、家に戻ってからは手が止められなくて。
「アンタ、これ何?もしかしてアタシの財布から金抜いた?」
「ち、違……」
お菓子の包みをうっかりそのままゴミ箱に入れて、あのクソ女にすぐにバレて。
「……盗ったの?」
「う、うん……ごめんなさい……」
「そういやアンタ、幼稚園の時に走って一番だったっけ?んじゃちょうど良いわね。今日から飯当番はアンタね」
「え……?」
「『え』じゃねぇよ。テメェが盗ってくんだよ。アタシの飯も」
「そんな……こんなこと、捕まっちゃう……」
「……ふぅん。んじゃ、しょうがないわね」
「え……?」
言ったら絶対に聞かないあのクソ女が、あの時だけは珍しくあっさり引き下がった。
『ははは……ママは冴えない僕なんかと結婚してくれたしね。いつもちょっとイライラしてるけど、ママは本当はとっても優しい人だからね?昔もほんと、周りに気を遣える素敵な人だったんだよ』
ふと思い出したお父さんの言葉。あの頃はまだあのクソ女をちゃんと母親として信じたかった。子供が母親に愛されるのは当たり前のことなんだと信じたかった。何だかんだで屋根のあるところで暮らせてるのも確かだし、これ以上日常が変化するのが怖かったから。
だけどもちろん、あのクソ女はきっちりクソ女だった。
「ただいま……?」
「おかえり」
珍しく返事するクソ女。それはともかく……
「ふひひぃ……こ、この子が閑ちゃん?」
「ええ、そうですよぉ」
「ふひぃっ!写真で見るより可愛いなぁ……」
知らない男の人が家にいるのは珍しいことじゃないけど、そういうのはいつもあのクソ女の眼鏡に適うような、それなりに整った見た目の人ばかりだった。でも今回はえらく肥え太ってて、頭髪は薄いのに他の毛は妙に濃い感じで、毛穴の目立つ皮膚。まだ幼かったあたしでも、一目で嫌悪が勝った。
「ま……ママ、この人は……?」
「ああ、アンタのファンよ」
「ファン……?」
「アンタの服とか下着とかぬいぐるみとかいつも買ってくれる人」
「……!?」
「ね、ねぇ……しゃぶらせるまで?最後までしちゃダメかな?」
「ごめんなさいねぇ?流石にまだ小さすぎるしぃ、とりあえずしばらくはお試しってことで、ね?」
(『初めて』はもっと金払いの良い奴に売りたいしねぇ)
「というわけでアンタ、この人の相手しなさい。それがアンタの今日からの家事よ」
「え……?いや、えっと……」
「…………」
たじろぐあたしに堪忍袋の尾が切れたのか、あのクソ女がものすごい形相でこっちに迫ってきて……
「誰のおかげで生きられてると思ってんだ?ああ?飯を盗りにも行かねぇ、接客もしねぇ、この"穀潰し"が」
「ひぅっ……!?」
「なぁ、アタシら家族だろ?アタシら、かわいそうな母子家庭だろ?アンタはアタシが何ヶ月も何時間もウンウンと苦しみながら産んだ子なんだからさ?こういうのでも何でも良いから、お互いに支え合おうや、な?」
「……盗みに行ったら、許してくれるの?」
近づけた顔をさらに耳元に近づけて囁く。
「ああ。このオッサンは帰してやるよ」
「…………」
「アタシだってアンタのママなんだからさぁ、アンタのことは大事にしたいんだよ?」
(金ヅルとして、な)
「……わかった」
「良い子だ。これからも親子仲良く過ごそうな?」
「ふひ……?」
わざとらしく頭を撫でるクソ女。でもあたしもまだ幼かったから、そんなことで絆されて。




