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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第一章 フィノム
89/1128

第十五話 速いけど、まだ早い(5/8)

9回表 紅3-4白 1アウトランナーなし


○白組


[先発]

1二 徳田火織(とくだかおり)[右左]

2中 有川理世(ありかわりせ)[右左]

3右 松村桐生(まつむらきりお)[左左]

4一 天野千尋(あまのちひろ)[右右]

5三 リリィ・オクスプリング[右両]

6捕 冬島幸貴(ふゆしまこうき)[右右]

7指 伊達郁雄(だていくお)[右右]

8左 秋崎佳子(あきざきよしこ)[右右]

9遊 月出里逢(すだちあい)[右右]


投 雨田司記(あまたしき)[右右](残り投球回:1回)


[控え]

夏樹神楽(なつきかぐら)[左左]](残り投球回:1回2/3)

氷室篤斗(ひむろあつと)[右右](残り投球回:0)

山口恵人(やまぐちけいと)[左左]](残り投球回:0)



●紅組

[先発]

1中 赤猫閑(あかねこしずか)[右左]

2遊 相沢涼(あいざわりょう)[右右]

3右 森本勝治(もりもとかつじ)[右左]

4左 金剛丁一(こんごうていいち)[左左]

5一 グレッグ[右右]

6指 イースター[右左]

7二 ■■■■[右右]

8三 財前明(ざいぜんあきら)[右右]

9捕 土生和真(はぶかずま)[右右]


投 花城綾香(はなしろあやか)[左左]


[降板]

三波水面(みなみみなも)[右右]

早乙女千代里(さおとめちより)[左左]

桜井鞠(さくらいまり)[右右]

相模畔(さがみくろ)[右左]

牛山克幸(うしやまかつゆき)[右右]

******視点:雨田司記(あまたしき)******


「雨田くーん!ナイスピー!!」


 目の前に迫るジャイアントキリングで観客が沸いてるのに、秋崎(あきざき)の声がよく聞こえる。他のチームメイトも声を出してるのに外野の彼女の声が特にクリアなのは、多分罪悪感からだろうな。

 高校進学で足を挫かれて以降、ずっと自分に頼った投球しかしてこなかった。それは一見するとストイックで好ましく思えるかもしれないけど、実際は野球を1人でできると思い上がってただけ。他の誰かを動かすのを放棄して、勝利を本気で目指してなかっただけ。

 ……こんなボクが、他人を"ピッチャー失格"だなんてよく言えたものだ。かく言うボクなんか"野球選手失格"じゃないか。


『わ、悪い……』

『ドンマイドンマイ!ミスなんて誰でもするよ。取り返していこう!』


 小さい頃のボクですら、たったあれだけの気遣いくらいできてたのに、父さんと祖母(いびりババァ)のせいにして随分好き勝手に振る舞ってきてしまったな。

 こんなボクが、今更みんなにどの面下げて応えれば良いのか……


『また逃げるの?』


 ふと、ある意味一番聞き慣れた声がした。振り向くと、そこには小さい頃のボクがいた。ボクとは思えないくらいキラキラした瞳。その瞳に憧れの投手の影を残しながら、投げることをひらすら楽しんでた頃のボク。試合の後に母さんとファミレスに行くのが一番の楽しみだった頃のボク。


『手を伸ばせばすぐなのに』


 ……そうか。そうだったんだな。ボクはキミを別人扱いしてた。そうすることでボクは諦められてたんだな。


『よく戻ってこれたね』

『みんなが連れてきてくれたんだよ』

『そういうことだったんだね』

『そういうこと。だから、言わなきゃいけないことがあるでしょ?』


 そうだね。


「サンキュー!」

「「「「「「「「「「「「え゛……!?」」」」」」」」」」」」


 きっとぎこちない表情で応えたんだろうな。だけど、ようやく前に進めた。


『やればできるじゃん』

『だろ?』

『じゃあもう良いよね?』

『ああ、悪かったね』


 切り離してたボクが、ボクの中に帰っていく。つまらないしがらみなんか気にせず、"世界一のエース"を目指してた頃のボクが。


「9番キャッチャー、土生(はぶ)。背番号28」

(おれだって控えとは言え一軍メンバーだ。このままでは終わらんぞ。攻略法通り、甘く入ったストレートを仕留めてやる……!)

(雨田くん。油断は大敵やけど落ち着いていったらええ。小細工なしでねじ伏せるで……!)


 これまで通り、冬島さんのサインに従って投球を始める。じっくり時間をかけて構築し、身体にも染み込ませた理想的なフォームで……え?


「な……!!?」

(……!!?)

「ストライーク!」

「おおっ!今日最速!」

「154!ギア上がってきたな!」


 な、何だ……今の感覚……?


(今のって……)


 ど真ん中の真っ直ぐで空振りを()った。それ自体は何でもない。それよりも、今の投球感覚。特別力を入れたわけでもないのに、球の出の勢いが今までにないものだった……

 もう1球……!


「ボール!」

「出た!雨田の最速156km/h!!」

「クッソ(はえ)ぇぇぇ!!!」


 自己最速……!?良くも悪くもなかったはずの今日のコンディションで……!!?


「スピードだけじゃない……キレも半端じゃないわ……」

「エグいっすね……」


 とはいえ外れたから、少し修正して……


「ストライーク!!!」

「また156!」

「全然前に飛ぶ気がしねぇぞアレ……」

(そんな……これでも当たらないのか!!?)


 何だよこれ……何だよこれ……!!!


(……!!?あの雨田くんが……)

(マウンドの上で笑ってる……!?)


 こんな気持ち、中学の時以来だ……!




******視点:三条菫子(さんじょうすみれこ)******


「すごい……すごいよ!ねぇ、菫子!!」

「優……ヴォーパルくん、落ち着きなさい。声聞かれたらどうするの?」


 確かに、この私が期待しただけのことはあるわ。だけど……


「危ないわね」

「え……?」


 速いのは速いけど、まだ早いわね。




******視点:月出里逢(すだちあい)******


『あと2人』、か……結局、ちゃんと勝つのは無理なのかなぁ……まぁでもあたしはいつも通り打つ方じゃサッパリなんだし、そんなこと言う資格なんてないか。とりあえず監督(あのクソジジィ)が自分で用意した土俵で勝てるんだったら、それはそれで良しとするしかないか……


 それにしても……雨田くんのフォーム、何か違和感があるんだけど気のせいかな……?確かに球はいつもよりすごいと思うけど……いつも説明書読みながらやってるんじゃないかってくらいきっちり決められたフォームで投げてるから、具体的にどこかは分からなくても、『何かが違う』っていうのは他のピッチャーよりも見えやすいと思うんだけど……

 うーん……もしかしたら、またあたしの悪い癖かな?雨田くん、オーナーの前であたしよりもいいとこ見せてるから、『そうあれかし』なんて意地汚く思ってるだけなのかも……

 嫌だなぁ、ほんと。一番可愛いだけじゃなく、野球も一番上手くなきゃ気が済まないんだから。


 あたしはずっと内野1本でやってきてピッチャーは畑違いだし、伊達(だて)さんもバッテリーも含めて白組のみんなは純粋に雨田くんの投球で盛り上がってるんだから、ここは空気を読んどいた方が良いよね?下手に和を乱して、最低限の勝利すらも危うくするのはあたしとしても嫌だし。

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