第百三十七話 やっぱお前にゃ敵わねぇ(5/?)
******視点:氷室篤斗******
「8回の裏、エペタムズの攻撃。1番センター、小太刀。背番号26」
「氷室、このまま8回のマウンドにも上がります。ここまで7回無失点、10奪三振1四球で被安打2、球数84球。熾烈を極める優勝争いの中、素晴らしいピッチングを続けております」
「よっしゃ!このまま完封や!!」
「氷室くん、頑張って!」
「やっぱり"エース"は氷室くんやで!」
……今年の俺だと、いつもなら大体お役御免の頃。やっぱりここまで来ると、あの夏の決勝みたいに最後までマウンドにいたい。
(3点差、とにかくランナーは溜めて……いや、今日の氷室殿は無駄球を投げてこないはず……!?)
「ストライーク!」
「真ん中空振り!まずはカーブから入ってきました!」
(しまった……!)
少々リスキーながら、早めにカウントを稼げるこういう配球。終盤でも気兼ねなくできるのは、やっぱりさっきの月出里の一発がデケェ。
「ストライク!バッターアウト!!」
「落とした!空振り三振!!」
「何やってんだ恵深ィ!?」
「ほとんどボール球だべ!?」
「何でもかんでも振ってんじゃねぇ!」
単純に数字的にも優位に立ったが、それ以上に焦りと迷い。まっすぐと落ちる球の配球なんて、割り切るのが一番シンプルな攻略法だってのに、それができなくなっちまってる。
「打ち上げた!セカンド見上げて……」
「アウト!」
「これも打ち上げた!キャッチャーファールグラウンド……」
「アウト!」
「捕りましたスリーアウトチェンジ!氷室、この回はわずか7球で三者凡退に切って取りました!」
「「「「「よっしゃあああああ!!!」」」」」
「マジ完封あるで!」
「っていうか連敗脱出や!」
おかげで楽なもの。疲れが出て、その分感覚も狂いやすいタイミングだから、その辺にだけ気を遣えるのはマジで助かる。
「9回の表、バニーズの攻撃。5番レフト、金剛。背番号55」
そしてそれはきっと、野手陣も同じはず。
「センターの前、クリーンヒット!」
「ええでええで!」
「さっき打てやそれ!」
「逆方向!これもライトの前!天野、ようやく1本が出ました!2連打でノーアウト一塁二塁!」
「7番センター、秋崎。背番号45」
連敗中なのに絶対に負けられない状況、いつも通りやってるはずなのに焦りと迷いで微妙に狂う感覚。そういうのがなくなりつつある。
「ここはバントの構え……」
「ファール!」
「ボール!」
「ファール!」
「これもファールゾーンへ!」
(……送れないとなると、仕方ないか……)
「打ち上げた!これはレフト方向、平凡なフライ……」
「アウト!」
「うーんこの」
「ゲロ甘やん今の……」
「このおっぱい全然ぷるんぷるんしてへんねんけど……」
まぁ流石に、ほぼ1年戦い続けた疲れはどうしようもねぇわな。
秋崎も今年ここまでよくやってるが、ここ最近は明らかにスイングが鈍ってる。元々多かった空振りがますます増えて、今みたいにせっかく捉えてもイマイチ飛ばねぇ。バントも別にそこまで下手じゃねぇはずなのに、自信が出ないのか失敗続き。
純粋に試合の数もそうだが、アイツは良い奴だからファンサも手を抜かねぇんだよな。
「ドンマイドンマイ!」
「もうちょっとでシーズン終わりや!」
「CSまでの間にしっかり身体休めーや!」
まぁ逆にそのおかげで、こうやって擁護する声も多い。単純に実力もあるんだし、来年に生かせば良い。
「!!左中間、長打コース!」
「「「「「おおおおおおお!!!」」」」」
「セーフ!」
「二塁ランナーホームイン!4-0!バニーズ、さらに追加点!」
昨日までの残塁祭りが嘘のように繋がる打線。これもまたきっと、アイツの力。
「ショート見上げて……」
「アウト!」
「!!センター下がって……!」
「アウトォォォ!!!」
「フェンス際、捕りましたスリーアウトチェンジ!」
(くそっ、ほんの少しこすった……!)
「ああっ、惜しい……」
「ドンマイドンマイちょうちょ!」
当の本人も、あともう一伸びで2打席連続……全く、大したもんだぜ月出里。やっぱお前にゃ敵わねぇ。ほんと、何でお前みたいなのが、プロに入るまで全く音沙汰がなかったんだか……
こんなにすげぇんだから、どうやったって『お前のせい』にはできそうもないが、お前がいればいつだって『お前のおかげ』で勝てそうな気がする。
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