第百三十七話 やっぱお前にゃ敵わねぇ(4/?)
******視点:月出里逢******
ゲームが進んで、7回の裏。スコアは2-0のまま。
「ボール!フォアボール!」
「これは外れました!ツーアウト一塁二塁!」
「ちょっと!今の入ってたでしょ!?」
「踏ん張れやパンダ!」
「まだ完封あるで!」
今日の氷室さんは中盤まであたしのエラー以外はパーフェクトだったけど、流石にそんな大記録がポンポン出るはずもなく。6回にヒット1本打たれて、この回はツーベースと四球で初めての得点圏。
「9番ショート、黄金丸。背番号9」
(今年の魅零は打率1割代。正直キャリアワーストペースだけどォ、今日数少ない三振してない打者。粘り強さは健在だし、ここはあの子に賭けましょう)
脚の速い左打者。もちろん、内野安打警戒……
「逆方向!ボテボテのゴロ……」
いける!
「サード捕って、一塁送球……」
「ファール!ファール!」
「ああっと、これは切れていたようです!」
(あ、危なかったのです……今のはフェアだったら刺されてたのです……)
チッ……せっかく汚名挽回?名誉返上?のチャンスだったのに。
「バットは……」
「ストライク!バッターアウト!!」
「回りました空振り三振ッ!氷室、これで今日は2桁奪三振となりました!!」
「「「「「氷室くぅぅぅん!!!」」」」」
「勝てる……!勝てるんだ……!!」
「(リーグ優勝)できるじゃない!」
この大一番でこのピッチング。やっぱり氷室さんは『強い』。
「8回の表、バニーズの攻撃。9番ショート、宇井。背番号24」
人それぞれ野球に対する取り組み方とか考え方とかは違うし、当然それによって実力の差もある。基本的に真面目にやってる人ほど結果を出せるものだと思ってるけど、そればっかりが全てじゃないし、はたから見てると『真面目にやってる』ように見えても、その本人にとっては実はそうでもなかったりすることもあると思う。
あたしだってそう。お酒も煙草もやらないし、栄養とかにも気を遣ってるけど、あくまで『美容のため』ってのがメインで、『野球のため』ってのはついで。人付き合いより練習優先なのも、単にそういうのがめんどくさいから練習を口実にしてるだけ。こんなにクッソ可愛いのにテレビの仕事は基本お断りなのも、色々と恨みつらみがあるから。オフに赤猫さんの野球教室を手伝ったりするのも、好みの男の子の初恋を奪うのが趣味みたいなとこがあるから。なのに、プロになって割と早くから結果が出せちゃったから、ネットじゃそういうのを引き合いに出して『意識が高い』とか『野球に真摯』って言われたり。
火織さんも、あたしがプロに入ってからはずっと真面目に野球やってたから、去年のタレコミがあるまではそこまで尻軽で不真面目だったなんて考えもしなかった。浅い人付き合いだけじゃ、その人が何を考えてそう行動してるのかなんてわからないもの。
そしてそれはきっと、氷室さんもだと思う。高校の頃に嚆矢園を制覇して、プロに入ってしばらく結果が出せなくても努力を重ねて、あんなにモテるのに火織さんが初めてって話で、経歴だけ見たらものすごく真面目そうな人だけど、それだけが氷室さんの全てじゃないと思う。あたし自身、自分が色々黒いのを自覚してるから、『氷室さんみたいな人でもそういう一面があって欲しい』みたいなゲスい願望も込みではあるけど、今までどんな時もチームの勝ち負けの責任を100%背負ってやってきたとは思えない。氷室さんの立場なりの苦労もきっとあったと思うし。
「これは当てただけ!ピッチャー正面!」
「アウト!」
「一塁送球アウト!まずはワンナウト!」
……でも、そういうのも込みで、氷室さんは『強い』。確かに今年は風刃くんとか山口さんの方が明らかに数字が良いけど、それでもそう言える。むしろ、数字で負けてるからそう言える。
「1番サード、月出里。背番号25」
「ここで打席には月出里!先ほどは先制の口火となるツーベースを放ちました!」
「「「「「ちょうちょ!ちょうちょ!」」」」」
結局のところ、野球は『上手い方が勝つ』って言うよりは、『勝てないって思った方が負ける』ものだと思う。
投手は打たれた時は大抵投げミス。打者もただでさえ相手に合わせなきゃいけない側なのに、ミスショットもあるから3割打てば良い方と言われる有様。あたしだって流石に外低めいっぱいにスライダーとかポンポン決められたら、それ1本に絞ってない限りはなかなか打てない。
でも、投手が投げミスして想定外のコースにいって逆に打ち取れることもあるし、打者も変に詰まったことでポテンヒットになったり、ミスが逆に自分を助けることもある。人間、誰だってミスをする。そのミスの根幹にある、『勝てない』『負けるかも』って気持ちの方が絶対悪。
理由なんて何でも良い。後ろ暗い思いを抱えてたって良い。ルールの範囲内ならどんな手段でも良い。実力があってもなくても、『勝とう』って気になってる人は誰だって『偉い』し『強い』。容姿の良し悪しとか、学校の成績や運動神経の良い悪いとか、お金のあるないとか、時代や環境がどうだろうが、そんなのに関係なく『生きよう』と頑張ってる人もそう。優勝できるかできないか、そんな時でも『負けるかも』よりも『勝ちたい』って思えるから、今日の氷室さんは良いピッチングができてるんだと、そう信じたい。
「ストライーク!」
「低め!落としました!フルスイング空振りでワンストライク!」
「うーん、狙ってますねぇこれは……」
「ええぞええぞ!」
「月までかっとばせ!」
あたしだってそうだった。クッソ可愛いけど、野球はからっきしで、お金もなくなっちゃって。何度も野球を諦めようとしたけど、結局ここまでやってこれたから、今は観客の人達にもこう言ってもらえるようになった。ちょっと前までは『欲張らないでコツンと当てろ』みたいなこと言われてたのにね。
だからあたしは……!
「!!!引っ張ってこれは……!月出里、走り出しません!!どこまで飛ぶのか!?打席でそのまま打球を見つめて……」
「「「「「おおおおおおお!!!」」」」」
そんな『強い』人と勝ちたいし、そんな『強い』人を勝たせたい……!
「入りましたホームラン!月出里、今シーズン第28号は!!レフトスタンド最上段、看板直撃の特大の一発ッッッ!!!」
「逢ー!!!」
「すげぇぞお前!」
「どこまで飛ばすんだよお前!」
「エグいっす……」
「もうちょっと高かったら場外だったね……」
踏み忘れのトラウマもあるから『油断しないように』って気持ちで、普段はホームランっぽい当たりでも確信歩きとかしないですぐに走り出すんだけど、これは当たった瞬間に入るのは確信できたし、それでもあえて、打球の行方を最後まで見届けたかった。一発自体久々で、しかもこれだけの当たりだから余韻に浸りたかったってのもあるけど……
「ホームイン!3-0!バニーズ、終盤に貴重な追加点!」
「今日の氷室の仕上がりでこれですからねぇ。このダメ押しは大きいですよ」
(くそっ、こんな時に浮いた……!)
(……これは流石に今日は無理かしらねェ……?)
「打球速度186km/h……あの角度で……」
「贔屓ながらほんまバケモンやで畜バタ……」
この土壇場で2位に落ちちゃって、絶対に負けられない残り5試合、相手に『勝てない』って思い知らせるためにもね。そういうこともできるのがホームランだって、あたしは信じてる。
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