第百三十六話 頂点を知る者(4/?)
******視点:氷室篤斗******
「ナイピっす氷室さん!マジ痺れるっす!」
「サンキュー!」
打者一巡パーフェクト。この優勝できるかどうかの瀬戸際で、自分でも驚くぐらいの良い出来。もちろん、バックに助けられたところもあるが、大体イメージ通りの投球ができてる。前の山口みたいな例もあるが、逆に『そうなることもあり得る』って考えられるから、油断しない程度の程良い緊張感にもなってる。
……高校を出て、プロになってもう7年。とっくに寮から出て独り立ちして、結婚して、息子も授かった。立場的にはもう大人の男。なのに今日の試合、思い出すのは高校時代のことばかり。嚆矢園を制した高3の夏。
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「おい、見たか秋星学園のあの1年坊!」
「ああ、妃房だっけ?新潟から来たっていう……」
「左でもう150出せて、身体もクッソでけーよなぁ」
「ついでにチチもな」
「やっぱ氷室とかああいう奴が将来プロになるんかねぇ?」
部活の休憩中の、何気ない会話。
俺も妃房蜜溜と同じく神奈川の強豪校の出身。バッティングに定評のあるところで、激戦区の神奈川でも春夏合計およそ20回の嚆矢園出場。当時のチームメイトの中で大学に進学してから同じくプロになった奴もいるが、それくらいのレベルでも、高校出ていきなりプロになれるのはほんの一握り。
「氷室、嚆矢園ではマジ頼むぜ?」
「就活かかってるのよねぇ〜」
「俺は■■大行くぜ!」
つまり、ほとんどの奴は普通に大学に進学したり、一般の企業で会社員だったり、公務員とかになって働くということ。普通に勉強して高校に入って、普通に勉強した奴らと全く同じになるということ。
野球強豪校ともなれば、大体のとこは休日返上、それどころか学校の授業の時間すら最小限に抑えてでも練習時間を捻出するようなところもある。普通に勉強してる奴らとか、程良く部活や遊びをエンジョイしてる奴らと違って、10代後半の楽しく過ごせる時間を犠牲にしなきゃならねぇ。
「集中集中!」
「こぼしてんじゃねーぞ!」
ちょっとミスしただけでキツいこと言われながら炎天下で練習を重ねても、直接給料がもらえるわけじゃねぇ。もちろん、勉強の時間も体力も奪われるから、単純に大学に行くだけ、就活するだけならほとんどマイナスにしかならねぇ。
だから、見返りを求めるのは当然。どうにかして勉強に代わる将来への投資に昇華したいと願うのは当然。『高校時代に嚆矢園を制しました』とか、そうでなくとも『毎日何時間も練習して地方大会でベスト4に入れました』とか、面接で箔が付きそうなことを成し遂げて、良いとこに就職して、この不景気な時代を生き伸びようとするなんて、人間として生物として当然の行い。何も恥じることじゃねぇ。それはわかってる。
「なーなー氷室、今度ファンの女の子紹介してくれね?」
「いっぱいいるんだから良いだろ〜?」
「氷室先輩マジパねぇっす!」
「いやぁ、ほんとこの高校選んで正解でしたよ〜」
「お、おう……」
……チームのエースや主力にへばりつくコバンザメだとしても、野球が団体競技である以上は共に勝利の栄光と利益を享受する権利がある。
そしてそういうのはへばりつかれる側の俺にとっても、意外なところに『得』があった。
「ったく、どいつもこいつも俺にばっかり無駄に色々背負わせやがって……」
当時の俺は元々そういう心地だった。監督は高1の秋からひたすら俺中心の投手起用。それも、俺自身の練習時間すら削って。チームメイトもさっきの通り、俺が投げて結果を出すことに便乗する気満々。
俺は確かにチームを勝たせるつもりで投げてるが、就職支援のボランティアをやってるつもりはねぇ。流石にそんなのよりも、俺自身がプロになることが優先事項。他人の将来まで背負っちゃいられねぇ。
(ようやく念願の、夏の嚆矢園。もし今日負けたら、余計なプレッシャーかけたお前らの『せい』だからな!)
「ストライク!バッターアウト!!」
「三振ッ!今日最速の147km/h!!」
「……!?」
自分でも驚くほどの腕の振りと、そこから生まれる球威。程良い脱力からの出力。
「「「「「キャアアアアア!!!」」」」」
「氷室くん最高!」
「今日も走ってるわよ!」
念願の檜舞台。もちろん緊張はあった。けど、条件は全員同じ。そんな中で俺は、内心『誰かのせい』を貫き続けて……
「一塁飛び込んだ!」
「アウトォォォォォ!!!」
「試合終了!天海大附属南高校、エース氷室の完投で夏の嚆矢園を制しました!117球、最後までよく投げ抜いた!」
「「「「「いよっしゃあああああ!!!」」」」」
「これで将来安泰や!」
「すげーぞ氷室!」
とうとう、"頂点を知る者"になってしまった。
「氷室選手、大会1戦目からフル回転で決勝でも完投勝利!"エース"としてチームを引っ張る素晴らしいピッチングでした!」
「いえ、自分一人じゃここまで来れませんでしたよ。ここまで投げ抜けたのはチームメイトの『おかげ』です」
「氷室くんマジ謙虚!」
「ほんと、打って投げて大活躍だったのにねぇ……」
「プロ入っても応援してるわよ!」
「変な女に引っかからないでね!」
「女子アナとかアイドルの枕に気をつけてね!」
……そんなことを言って、ちょっと罪滅ぼししてみたり。
『俺が投げて、負けたら味方の誰かのせい』。"日本一のエース"を目指してる俺にとって、そんな無責任なことは口に出すのも絶対に嫌だし、そんな他責的な考え方ばっかりで行動するのは俺にコバンザメキメてる奴らと同じレベルだと思う。
けど、そうやって頭の中で割り切るだけなら無料。思想の自由の範疇。誰にも罪を問われることもねぇ。むしろそれによってちゃんと結果を出せたのなら、内心で責任をなすりつけてた奴らにも利益をもたらせる。一時的に『責任の所在』を他人に負担させる、株やクラファンみたいなもの。
多くの試合に登板するために練習量を抑えてた俺にとっては、もしかしたらそんな成功体験が高校時代の一番の収穫かもしれねぇ。
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