第百三十六話 頂点を知る者(2/?)
「1回の裏、エペタムズの攻撃。1番センター、小太刀。背番号26」
「エペタムズ、今日もリードオフヒッターはプロ7年目の小太刀。今シーズンは開幕から一軍で出場を重ねております。バニーズの今日の先発は氷室。今シーズン20試合目の先発登板となります」
去年までのエース格、氷室。今年は風刃、山口の台頭に加えて、本人も低迷気味。前のヴァルチャーズ戦での内容は悪くなかったけどねェ。
「ストライーク!」
「まずは外まっすぐ空振り!145km/h!」
(とりあえずまっすぐは走ってるでござるな……)
「ボール!」
「ストライーク!」
「空振り!落としました!」
「得意のスプリットですね。良いとこに落ちてますね」
……『ノビのあるまっすぐ』と、『フォークなどのスピードのある落ちる球』の、縦の組み合わせ。人間が打席の中でやるバットスイングというものはどう頑張ったってある程度は横から振るものなんだから、古今東西問わずどんな環境でも通用する王道の投球スタイル。これまで多くの日本人投手がメジャーの舞台でもそれによって身を立てて、人種の違いによる身体能力の格差をも覆す潜在能力があることを証明してくれてる。
この組み合わせは大昔からあるものだから、頭の堅い老人が懐古的に過大に美化してるような印象を受けるけど、実際はここ最近、高めのフォーシームの期待値の高さが統計的に証明されたことで、むしろ現代の方がより評価してるまである。
ただ、あらゆる場面、あらゆる相手に通用するからこそ、他のどの投球スタイルよりも『再現性』が問われる。平たく言えば、『自分との勝負』になってる部分が大きい。
この組み合わせの本質は『見せかける』こと。『見せかける』ためには、ボールの軌道を途中までは打てそうなところに持っていき、スイングの意欲を湧かせる必要がある。そこから思ったよりノビたり、急に落ちるから空振る、そういう仕組み。そうでなくなればただの打てる球のままで、簡単に打ち返される。大きなリスクを背負うからこその大きなリターン。どんなにバックの守備が優れていたとしても、『三振』以上に安全にアウトを取れる手段はないんだからねェ。
純粋な球速を上げたりなるべくコーナーに集めたりすればある程度はリスクを回避できるけど、球速やコマンドを維持するのだって結局は『再現性』が問われる。どうやったって『自分との勝負』は免れられない。
果たしてこのチーム状況の中で、そんな『自分との勝負』を制し続けることができるかしらねェ?
「ストライク!バッターアウト!」
「ここも落としました空振り三振ッ!」
「レフト定位置のまま見上げて……」
「アウト!」
「これもサード、ファールゾーンで見上げて……」
「アウト!」
「捕りましたスリーアウトチェンジ!」
……!
「「「「「氷室くぅぅぅぅぅん!!!」」」」」
「やるやんけパンダ!」
「点を取られなければ負けることはない(真理)」
安定して高品質なまっすぐと、低めに集まるスプリット。そしてほんの少し入り交ぜたスライダーとナックルカーブ。文句なしの立ち上がり。
……ウチは今バニーズ相手に2連勝してて勢いがあり、加えて、さっき言ったような順位的な重圧はこちらの方が少ない。心理的には確実にこちらが有利。そしてもちろん、過去のデータから対氷室の対策も取ってある。氷室が『自分との勝負』に敗れた瞬間に点を取れる見込みは十分ある。
「アウト!」
「これでスリーアウトチェンジ!バニーズ、この回は三者凡退!」
「うーんこの」
「これは今日もパンダ見殺し路線か?」
「ちょっと!やる気出しなさいよヘッポコ打線!」
そして向こうの沈黙も相変わらず。我慢強くいけば、今日も勝てるはず……
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