第百三十五話 犠牲の代償の代償(1/?)
******視点:宇井朱美******
9月18日。試合の後、選手寮。
「……よし!」
右手首、動かすとちょっと違和感はあるけど痛みはもうない。ぶつけられたのが同じ箇所でも、骨折までした十握さんと比べたらまだ全然当たりどころが良かったみたいっす。
これなら予定通り、明日から試合に出られそうっすね。
「ん……?」
食堂にまだ人影。ふと見てみると、そこには恵人の姿。テーブルにはまだ食べ残しだらけのトレー。それに目もくれず、ボーっとテレビを眺めてる。
……多分、今日の試合のことっすよね?あんな、らしくもないピッチングをしてたから。でも、仕方ないっすよね、男の子なんだから。きっと大神くん相手に意地になって……
「…………」
かける言葉が見つからず、予定通りトレーニングルームへ向かう。
申し訳ないっすけど、自分もまだまだ2年目だし、そもそも逢さんとか風刃さんとか冬島さんみたいに、実力とかでチームを引っ張れるような器じゃないっす。
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次の日。9月19日、サンジョーフィールド。今日はペナントでは今年最後のアルバトロス戦。
「ソ■モンよ!自分は帰ってきたっす!」
「おっ、あけみんやんけ!」
「もうかえってきたのか!」
「はやい!」
「きた!盾きた!」
「メイン盾きた!」
「これで勝つる!」
わざとらしいくらいに明るくグラウンド入り。自分が復帰するって話は昨日にはネットでも流れてたからか、もう球場に入ってる熱心なファンの人達はノリノリで自分を歓迎。
でも……
「「「「「…………」」」」」
ウチのチームの、先に練習を始めてる人達の雰囲気は重苦しい。逢さんが黙々と練習してるのはいつも通りっすけど、他の人達まで。少なくとも自分が離脱する前まではどこかしらで雑談してたりで、程良く力を抜きつつって感じだったんすけど、今日はみんな揃って……
いよいよ優勝が近づいてきて、改めて気合を入れ直した。とかだったらいいんすけど……
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「1回の表、アルバトロスの攻撃。1番センター、高座。背番号4」
(ほんとにあの人、もう復帰してるんですね〜。それもスタメン……)
2日空けての試合、そして即ショート定位置のスタメン。練習もしてたし、感覚は鈍ってないはずっすが……
(なら試しに……)
「三遊間!ショート捕って……」
逆に来るってわかってたっすよ!
「一塁送球!」
「アウト!」
「間に合いました!ワンナウト!」
「怪我の影響はなさそうですね。力強いスローイングです。それに少しサード寄りに守ってましたね」
(う〜ん、もちろん抜くのが前提、ダメでも内野安打のつもりだったんですけど〜……)
「ええぞええぞあけみん!」
「やっぱええ肩してるわあけみん」
「ほんま春先と比べたら安心感が違うわ」
右手首、投げても影響なし。丈夫な身体に産んでくれた両親に感謝っすね。
「2番セカンド、吉川。背番号8」
脚の速い人が続くっすね。左だし、ここも内野安打警戒……
「引っ張った!ライト方向……」
クリーンヒット……いや、ライトライナーもあるか……微妙なとこっすけど、どのみちワンナウト一塁ならそこまで大したことは……
(いける……!)
「!!!ライト飛びついて……ああっ!捕れません!!」
!!?
(!?しまった……!)
「センターバックアップに入りますが、これもグラブ弾いた!」
「セーフ!」
「この間に打ったバッターは二塁へ!ワンナウト二塁!一気にチャンスメイクとなりました!」
「「「「「おいィ!!?」」」」」
「何やっとんじゃ!?普通のライト前やろ!!?」
「関西のお笑い球団は1個だけで十分や!」
いつも堅実に守る松村さんがあんなに……それに、佳子さんもあんな焦って……
(くそッ……!)
「ボール!フォアボール!」
「ああっ……これも外れてしまいました!ワンナウト一塁二塁でチャンス拡大!」
烏丸さんは恵人とは逆で、ピッチングフォームが良くも悪くもコロコロ変わるタイプ。だからこんな感じで制球が荒れることは珍しくないっすけど、さっきのも多分影響あるっすよね……
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