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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第四章 黄金時代
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第百三十四話 新たなる怪物(6/?)

「4番ファースト、グコラン。背番号54」


「4回の表、アルバトロス、ダーコンの2点タイムリーで先制して2-0。なおもノーアウト二塁……」


(これならもしかしたら……)

(!!二塁ランナーのリードが大きいですね……)


 有川(ありかわ)さんのサインに従って、二塁に軽く視線を送る。確かに思ったよりも二塁から離れてる。ダーコン本人が走りたがってるのか、ベンチからの指示なのか……


(山口(やまぐち)高座(こうざ)でも簡単にスタートを切れないくらいにはクイックも牽制も上手い。だから、ダーコンに本気で走らせるつもりはない)


 本音を言えばこういう状況、ピッチングに集中したいけど、同時にこういうとこでアウトを狙えるのはありがたい。


「ボール!」


 こんな感じで、まだちょっと制球が想定よりもズレてるしね。


「セットポジション、ボールを長く持って……二塁牽制!……ああっと!」


 !!?


「ッ……!?」

「ピッチャー送球逸れた!ショート捕れません!二塁ランナーこの間に三塁へ!」

「セーフ!」

「記録はピッチャーのエラーです!」


 しまった……こんな、牽制まで……


「「「「「おお、もう……」」」」」


(うまくいったな)

(これはちょっとまずいね……)


「!!ここで伊達(だて)監督がベンチから出てきて……」

「バニーズ、選手の交代をお知らせします。ピッチャー、山口(やまぐち)に代わりまして、三波(みなみ)。ピッチャー、三波。背番号33」

「ピッチャー交代です!山口、ここで降板です!」


「お疲れ様」

「はい。すみません……」


 三波さんにボールを渡して、回の途中なのにおめおめとベンチへ戻る。


恵人(けいと)くん……」

「すみませんでした」

「いや、それよりも本当に大丈夫かい?怪我とか……」

「いえ、それは本当に大丈夫です」


 伊達さんに心配されながら、タオルで拭くふりをして顔を隠す。

 腕は振れてた。スピードもキレもいつも通り出せてたはず。なのに、この回になって急にピッチングの感覚がズレた。

 ……それと、これはわがまま。こんなおれがこんなこと言えないのはわかってるけど、それでも、伊達さんにはおれに頼って欲しかった。あんなあっさり降ろしたりせず、立て直せるって信じて欲しかった。ほんと単なるわがまま。そしてきっと、そんなわがままなおれだから、こんなことになっちゃったんだと思う。


「ちくしょう……」


 風刃(かざと)さんが戻ってこれるかわからない。このまま優勝まで逃げ切れるかもわからない。こんな状況でこんなピッチング。『あくまで勝つのが優先』とか建前にして、小次郎(こじろう)と張り合ってしまった。きっとそれでケチがついて……




 ******視点:村上憲平(むらかみのりひら)[アルバトロス 監督]******


 伊達はもう山口を降ろしたか……良い判断だ。歳若い投手、今日の試合で悪い癖がつくと後のキャリアにも響かねんからな。


 まぁしかし、思惑通りに進んだ。想定以上に。俺は確かに『ストレートを狙え』と指示したが、それだけではない。『変化球はど真ん中以外は捨てて良い』とも指示した。

 今日の試合、大神(おおがみ)と山口の投げ合い。向こうにとって大神は完全に初見という点でウチが有利だったのは事実。その点で今日の試合は勝てる見込みありと想定していたのだが、投手としての現時点での純粋な力量は間違いなく山口の方が上。そこも懸念点ではあった。

 大神は確かに潜在能力は折り紙付きだが、現時点での武器はあの突出したまっすぐとフォークくらい。制球はまっすぐなら一応ストライクゾーンに入れられる程度。言ってしまえば、ヴァルチャーズの真木(さなぎ)のほぼ下位互換くらいのもの。

 それに対して山口は、左であの球速のまっすぐと豊富な球種。それらをどれも同じようなフォームで、内外高低問わず投げ分けられる制球力。純粋な球威の差で風刃の方がやや上をいくが、『打線にとって決定的な攻略法がほぼない』という点では共通してる。向こうが崩れたり、こっちの読みが当たりまくったりしなければまとまった点は望めない、ある種の『完璧』をすでに構築できている。


 だが、今日の山口はそんな『完璧』を自ら放棄してくれた。


 ピッチングの感覚というものは繊細なもの。どれだけ球種を豊富に揃えていたとしても、それらを状況に合わせて投げ分けたり、球種ごとの投げる比率を変えたりというのは容易にできるものではない。だから多くの投手は投げ込みを敢行し、その中でうまく投げられた球を『再現』する形でピッチングを行なってる。

 そして『再現』するのは球種1つ1つだけではなく、ピッチング全体に関しても同じことが言える。自分なりのリズムで、自分の慣れた形で球を投げ分ける。そういうスタイルの崩れも、再現性の欠如に繋がりかねない。

 山口はかつては純粋なパワーピッチャーだったようだが、今は前述の通り、同じフォームで様々な球を投げ分けるのが持ち味。そしてそのためにフォームも磨き上げてきたのだろう。まっすぐとスライダーが軸で、緩い球も程よく混ぜるのも、それらを定期的に投げる形で感覚を維持していたものと推測できる。

 ところが今日の山口は序盤、やたらまっすぐに偏っていた。そのせいで他の球種の感覚が鈍り、それでも『いつも通り』を再現するために闇雲な修正を加えた結果、元々ちゃんと投げられてたまっすぐどころか牽制球にも悪影響を及ぼした。

 山口のあのピッチングスタイルは『まだ若いのに、あんなベテランじみたピッチングができる』と世間で評価されているが、実際は『まだ若いからこそ、あんなベテランじみたピッチングしかできない』、と言った方が正しい。そういう意味でも、奴は実力も根っこの部分もまだまだ発展途上。

 ……逆に言えば、『今の時点でも防御率リーグ2位ながらまだまだ伸び代を残してる』ということで、ウチにとっては脅威すべきところだが……


「レフト下がって……」

「アウト!」

「三塁ランナータッチアップ!」

「セーフ!」

「ホームイン!3-0!アルバトロス、大神にさらに援護を加えます!」


「恵人きゅんの防御率ががががが……」

「いや、あらもう自業自得やろ。水面(みなも)ちゃん(わる)ないわ」

「ノーアウト三塁じゃなぁ……」


 まぁ、ウチとしては優勝するためにこのカードは勝ち越しがほぼマスト。現状は望ましい展開。向こうの山口の二の舞にならないようにするためにも、今は目の前の勝利が最優先だ。


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