第十五話 速いけど、まだ早い(3/8)
「……実はわたくし、母子家庭で育ったのですよ」
「え?」
何を突然藪から棒に……
「父の保険金などもあって特別貧しかったわけではないのですが、それでも友人と放課後にお茶を飲みに行ったり休日に服を買いに行ったり、そういう一般的なイメージの華々しい女子中学生や女子高生のような日々とは縁遠い存在でしたの。野球という高価な習い事に将来を賭けるためにも、そういった贅沢をむしろ忌み嫌うことをモチベーションとしてたくらいですわ」
「……今の花城さんからは想像も付かないっすね」
「そんなわたくしでしたから学歴は高校まで。そこから就職して2年間社会人野球をやってようやくプロ入りを許されたのですが、その窓口というのはヴァルチャーズの育成。下手な鉄砲なんとやらの一発程度の立場でしたわ」
ヴァルチャーズは育成出身でも球界を代表する選手を何人も輩出してるが、それができてる要因として当然育成力というのもあるけど、質だけで何でも解決できるもんじゃない。多くの成功の裏にはそれより遥かに多くの失敗がある。打率3割の世界じゃ当たり前と言える話だけどな。
「ご存知の通り、わたくしはお菊さんのような成功例にはなれないまま切り捨てられ、わたくし自身よりも『ヴァルチャーズでの育成ノウハウ』に価値を見出されてバニーズに拾われましたが、そこまで追い詰められてわたくしは今までのやり方を捨てるしかないと思ったのです。二流以下らしく足掻いて一流になれないのなら、あえて今から一流らしく振る舞おうと、そう決心したのです」
「ああ……そういや花城さんって入団してちょっとしてから雰囲気変わりましたよね」
「ええ。おおよそスポーツ選手らしくない髪型や私服、普段の仕草。『名門球団から来たからってお高く止まってる』とか『立場を弁えてない』とか『プロを舐めてる』とか『そんなんだから燻ってる』とか『実力で生き残れないからネタに走ってる』とか、それはもう散々叩かれましたわ。と言っても、わたくし自身にとっては叩かれ方が変わっただけなので気にしてなかったのですが。それに、おかげで視点が大きく変わりましたからね」
「視点……?」
「それまでのわたくしは分相応な姿でがむしゃらに分相応の努力だけしておりました。聞こえはいいのですが、要するにそれは『そこから先の見通しがない』ということ。根性論や精神論に近いものですね。ですが、形から入ったおかげで、『どうすればこの格好にふさわしい成績を残せるようになるんだろうか』とか、『今の自分には何が足りなくて何をすべきなのか』とか、目指すべきものを明確にできたことでそういった具体的な方策を逆算できるようになったのです。意図してたわけでもなく、単なる偶然なのですけどね。ですが何にしても、それで今のわたくしがあるのです」
「…………」
「もちろん、わたくしのやり方が万人に有益な手段だとは思っておりません。どう綺麗に終着したとしても、わたくしが元々人一倍落ちこぼれだったことに変わりありませんからね。重要なのは『現状を正しく受け容れて、改善の必要があれば勇気を出してやってみる』ということだと思います。早乙女さんも相模さんも、今は現状を理解した段階です。それをどう受け止めてどうしていくべきかはわたくしには計りかねますが、改善のチャンスであることに変わりはありません。このまま諦めるのか変わる覚悟をするのか、そこがまず大事だと思いますよ」
……そうだな。だからあの"客寄せパンダ"も"裏切り者"も変われたんだよな。
「それに、今回白組から外されたことにショックを受けておられると思いますが、同時に紅組に選ばれたというのもまた事実です。ベンチ入りしても出場の機会がない選手が大勢いる中で、早乙女さんと相模さんには監督から機会を与えられたんですし、白組の皆さんもお二方を敵と認めて対策を取ったからこそ不覚を取ったのです。だから、少なくとも監督も白組の皆さんも、お二方のことを"取るに足らない存在"など全く思ってないはずです。あくまでわたくし個人の感覚ですが、諦めるのはまだ早いと思いますよ」
「……花城さん」
「はい」
「あざっす」
珍しく千代里が真剣な顔で頭を下げた。
「いえいえ。何だか自慢話のようになってしまいましたね。こんなことを話しておいて具体的なアドバイスができないのは心苦しいのですが、それもまた早乙女さんがわたくしよりも良い球を投げられる証明だと思います。相模さんも、勝手ながら期待させていただきますよ」
「……ありがとうございます」
正直に言えば、危機感なんて入団した頃からあった。元々高卒でドラフト最下位、地元じゃ一応"5ツールプレイヤー"みたいな感じで持て囃されたりはしてたけど、世間的には嚆矢園でたまたまえらい活躍して急に注目されたような感じだったからな。初めてプロの練習をこの目で間近で見て、とんでもねぇとこに来ちまったと最初は思ったもんだ。きっと日本人らしく、4人でよってたかって『大丈夫』って言霊に頼ってただけだったんだろうな。
「9回の表、紅組の攻撃。8番サード、財前。背番号46」
「財前さん。いい加減あの連中に身の程を思い知らせてやってくださいね……!」
(私があのクソビ■チ未満……?そんなの絶対に認めないわよ……!)
「当然だ。ここで出て、流れを変えてやる……!」
(どこまでもオレを馬鹿にしやがって……!見てろよ……)
「が、頑張ってくださいね……」
「財前さんならやれますよ……」
いつもなら俺も千代里も便乗して調子の良いこと言うんだろうけど、今はどうしてもそんな気分にはなれなかった。財前さんには悪いけど、月並な言葉しか送れなかった。それはきっと、ない頭なりにこれからのことを考えるのにリソースを割いてるからだと思いたい。