第百三十四話 新たなる怪物(2/?)
******視点:山口恵人******
9月18日、サンジョーフィールド。今日はアルバトロスとの首位攻防戦。チームにとって大きな意味のある1戦だけど、おれ個人にとってもそう。
「よう恵人」
「離れろバカ」
急に背中の方から体温。おれにこんなことをするのは変態じみたファンかアイツだけ。
「よ〜やく久々に恵人と投げ合えるなぁ……結構前から一軍にいたのに、巡り合わせが悪くてつまんなかったわ」
「はいはい、それは光栄ですね」
嫌味のように、おれの頭の遥か真上から聞こえてくる声。そして肩に回した両腕を一向に離さない。
「おいィ!?誰や俺の恵人きゅんにへばりついとるドアホは!!?」
「いや!俺の恵人きゅんやろ!?」
「あーそっか、今日のアルバトロスって確か……」
試合前。だんだんと観客席にも人が入ってくる。
「おい、いい加減離れろ。変な誤解されるだろ?」
「ええ〜?オレは全然良いんだけどなぁ〜?」
「おれは良くないんだよ!」
「しょうがないにゃあ〜」
ようやく離れて、そいつの方に向き直る。やっぱりコイツだ。おれよりずっと大きくて、黒髪を後ろで束ねた大男。
「まぁバニーズもアルバトロスも今ペナントでピリついてるけどさ?オレらはオレらで楽しもうぜ?」
「……悪いけど、おれはそれどころじゃないんだよ」
「何で?」
「伊達さんを胴上げしなきゃいけないんだよ」
「あ〜、やっぱり恵人ってそんな感じ?」
「は?」
「ネットでたまに見るんだよなぁ〜。恵人って実は"おじさん専門"って。だからオレにもこんなに冷たく……」
「はぁ!?誰だよそんなこと言ってるの!!?っていうかお前は関係ないよ!」
「悲しいなぁ……まぁ恵人がどう思おうが、オレは今日目一杯楽しむつもりだから。じゃーな」
……おれだって本当はお前のことを意識してる。いや、そういう変な意味じゃなく、投げ合うことについて。
おれと同い年の"怪物"。中学の頃はおれの方が何もかも勝ってたけど、高校に入ってからとんでもないことになって、プロに入ってもその力を遺憾無く発揮してる。
大神小次郎。今日のアルバトロスの先発。
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「1回の表、アルバトロスの攻撃。1番センター、高座。背番号4」
「今日もアルバトロスのリードオフヒッターは高座。やや故障がちの選手ですが、今シーズンはここまで全試合に出場。打っても打率.304、10本塁打。走っても20盗塁。守っても外野守備の要」
「今年は盗塁の数をあまり高望みしてないのが大きいのかもしれませんね。高座の怪我は大抵走ることが原因のものですから」
今年のアルバトロスが、ウチと張り合えるくらい強い要因の一つ。
でも、そんなのは関係ない。
「これは詰まった!フラフラっと上がって、ライト前進……」
「アウト!」
(うーん、球速表示的にも左で146。これだけでも十分速い部類ですけど〜、それ以上に体感が際立ってますね〜……)
おれもまた"バニーズが今年強い要因の一つ"だと、自信を持って言えるから。
(!!?遅ッ……)
「ストライク!バッターアウト!」
(曲がった……!)
「これもライトに上がって……捕りましたこれでスリーアウトチェンジ!」
「「「「「恵人きゅーん!!!」」」」」
「ええぞええぞ"ベテラン"!」
「えいりーんがアレすぎるだけで、恵人きゅんもやっぱり化け物だよなぁ……」
「左で150も普通に出して、スライダーで芯外したり、スローカーブとチェンジアップでタイミング外したり……」
「やりたい放題でんがな(恍惚)」
中学の頃までみたいにただひたすら力勝負するだけじゃなかなか結果が出ないから、伊達さんを勝たせるためにも、アマチュアに頭を下げてでも身に付けたこのピッチング。自信しかないに決まってる。自分の身体の小ささを理由に妥協したわけなんかじゃない。これがおれに一番合ったやり方。
お前が投げる『それ』なんかに、今更憧れたりなんかしない。絶対に。




