第百三十二話 犠牲の対価(4/5)
「1回の裏、バニーズの攻撃。1番サード、月出里。背番号25」
「ヴァルチャーズ、初回の攻撃は無得点で終わりました。バニーズの裏の攻撃。今日も1番に入ります月出里。またしても十握が不在となってしまったバニーズ打線をどう牽引していくか……」
いくら1番2番に月出里と火織が健在とは言っても、向こうもエースの真木さん。
「ショート正面!一塁送球!」
「アウト!」
「これは一二塁間、セカンド追いついて……」
「アウト!」
やっぱり、そう簡単にはいかねぇよな。
得意のフォークだけじゃなく、150km/h中盤をほぼ常に叩き出すまっすぐ。平均球速は俺より一回り近く上。最初から前に飛ばせてるだけでも十分やれてるくらい。
俺だって高校まではバリバリの速球派で鳴らしてたが、ここ最近は本当に世界規模で投球の進化が半端じゃねぇ。俺も梨木さんに協力してもらったりでそういうのに適応しようとはしてるが、なかなか身に付かねぇ。
……そういうのもまた多分、風刃や山口との差。
「3番ライト、松村。背番号4」
これからどうなるかはわからねぇけど、とりあえず今日の十握の代役は松村。前に十握が抜けた辺りからは割と打ってる。その辺を買われたんだろうな。最近の成績考えたら、思い切って宇井とかもありえると思ってたが……
「ボール!」
「外!外れました!しかしここで157km/h!」
「ほんと速いですねぇ……私達の頃なんてリリーフでもこれだけ出せる投手はごく稀でしたよ……」
(んふふ〜、徳田さんを絶対に打ち取りたくてここまで速くしたんだからね〜)
(MAX161……普通ならまともに前に飛ばすのも苦労する球威。ですが……!)
「ファール!」
「バックネットに当たりました!」
(その球威よりも上の相手に勝つのが私の大きな目標の1つですからね。今は彼女はリハビリ中ですが……)
(むぅ……タイミングは合ってるな。安全にいくなら1つ変化球……だが、松村は打たれたところで大体シングル。ランナーが溜まってるならともかく、ツーアウトランナーなし。正直、お菊の制球を考えたら失投も割と多い変化球を下手に織り交ぜても却ってリスクが上がる……)
(そうだよそうだよマサ〜。第1打席なんだからぁ、ウチなら力でねじ伏せるってぇ〜)
(よし。お菊がそのつもりなら……)
(そして何より、十握さんの代わりに抜擢された身として……!)
!!!
「!?これは、ライト下がって……」
「え?」
「マジ……?」
「は、入りましたホームラン!松村、今シーズン第4号!先制ホームラン!155km/hまっすぐを捉えました!」
スタンドギリギリ……ではあるが、サンジョーフィールドの柵はそれなりに高い。打つべくして打ったアーチ。
(真ん中高め……こんな時に限って……)
(いや、それでもスタンドまで持っていくか……)
「「「「「マッツゥゥゥゥゥ!!!」」」」」
「ようやっとる。ようやっとるよ」
「『【超朗報】346の穴、埋まる』っと……」
「ナイバッチ!」
「すげーぞ松村!」
「真木相手にやるじゃねーか!」
確かに試合前から野手陣の士気は十分だったが、正直、最近の俺が投げてて真木さん相手じゃ、やっぱり今日勝てるか不安なとこはあったはず。そういう意味でも、チームにとってこの一発はデカい。
「サンキュー松村!」
「ありがとうございます!」
そして俺にとっても。あとはもう逃げ切れれば……
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「7番サード、穂村。背番号5」
「2回の表、ノーアウト一塁二塁!ヴァルチャーズ、ローウェンと田所の2連打で一打同点、長打で逆転のチャンス!」
……やっぱそう上手くはいかねーよな。
「うーんこの」
「ちょっとポンポン打たれすぎてんよ〜(指摘)」
「やっぱ今の時代、あんな何の変哲もない右であのスピードじゃ厳しいんやな……」
(……ぶっちゃけ穂村さんは去年くらいから打線の穴。不意の一発はあるけど、まださっきの田所さんまでと比べたら、ここから先はだいぶ安全や。落ち着いてけ)
(確かにもうアタシすっかりおばちゃんだけどねぇ……脚も鈍ったし、守備も狭くなっちゃったし。でも、足手まといになる気はまだないからね〜……!)
そうだな。とにかく慎重に、それでいて臆病になりすぎず、ゾーン内で勝負……!?
(変化球失投!狙い通り!)
「ファイヤアアアアア!!!」
しまった……!
「!!引っ張って強烈!三塁線……」
(それで上等だよ、氷室さん)
「!?いや、サード飛びついて捕った!」
「アウト!」
「そのままベースをタッチ!」
!?早……
「すかさず二塁へ送球!」
「アウト!」
「「「「「え……?」」」」」
「アウトォォォォォ!!!」
「そのまま一塁もアウト!何とトリプルプレーが成立しました!!」
「「「「「いよっしゃあああああ!!!」」」」」
マジかよ……
「これでスリーアウトチェンジ!ヴァルチャーズ、逆転のチャンスから一転!1-0、バニーズのリードです!」
「サンキューな、月出里」
「えへへ……」
「それと、すまねぇな。今日はほんと……」
「…………」
さっきのトリプルプレー、確かに一番の要因は月出里の守備。あの打球速度にも反応できる反射神経、そこからすぐに二塁に投げれる身体と肩の強さ。
けど、それだけじゃきっと成立はしなかった。それに加えて、右のプルヒッターでパワーのある穂村さんにまんまと打たれたから……つまり、俺が不甲斐なかったからこそ。
それに、今日の試合で野手陣が気合い入ってるのもおそらく、『俺を勝たせるため』と言うよりは……
「ヘタレないでくださいよ」
「え……?」
「あたし、今はこんなんですけど、最初はチームのお荷物だったから、同じように挫けそうな時は何度もありましたよ」
「…………」
「でも、氷室さんみたいに頑張って上に立った人がいたから、『あたしも頑張ろう』って思えたんです。投手と野手で立場が違いますけど、今のあたしは氷室さんもいたからこそって思ってますから」
「月出里……」
「ちょっと逢ちゃん、他人の旦那をあんまり口説かないでくれる?優輝くん食べちゃうよ?」
「それは困りますね。お返しします」
「はいよ……ありがとね」
「どうも」
ベンチに戻って、火織の隣で一息。
「……火織」
「ん?」
「風刃って、やっぱすげぇな」
「…………」
「火織はいつも通り『俺を勝たせるため』かも知れねぇけど、他の奴らが今日こんなに張り切ってるのって、『十握の仇討ち』だけじゃなく、風刃に引っ張られてるとこがあるだろ?」
「だと思う」
「『十握がいなくて苦しいだろうけど、また来週になったら誰が相手であろうとおれが勝たせてやる』。昨日の風刃の完璧なピッチングは、それを物語ってるみたいだった。今年ようやく先発ローテ入りっていう立場なのに、実力もそういうとこも、風刃はもうすっかり"エース"だ」
「……それでも、勝てるよね?あっくんなら」
「ああ!」
今年まだ優勝できるかはわからねぇけど、それでもバニーズは本当に強くなった。百々(どど)さんもいるし最初からそんなつもりはなかったけど、俺ももう"お山の大将"気分じゃ、"エース"どころかローテに居続けるのだって難しくなっちまった。
風刃に追いつくどころか、周りが言うように時代についていくのだっておぼつかねぇ今の俺だが、いつか絶対返り咲いてやる。旋頭コーチの期待にまた改めて応えるためにも、風刃にも勝ってみせる……!
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