表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第四章 黄金時代
860/1137

第百三十二話 犠牲の対価(4/5)

「1回の裏、バニーズの攻撃。1番サード、月出里(すだち)。背番号25」


「ヴァルチャーズ、初回の攻撃は無得点で終わりました。バニーズの裏の攻撃。今日も1番に入ります月出里。またしても十握(とつか)が不在となってしまったバニーズ打線をどう牽引していくか……」


 いくら1番2番に月出里と火織(かおり)が健在とは言っても、向こうもエースの真木(さなぎ)さん。


「ショート正面!一塁送球!」

「アウト!」

「これは一二塁間、セカンド追いついて……」

「アウト!」


 やっぱり、そう簡単にはいかねぇよな。

 得意のフォークだけじゃなく、150km/h中盤をほぼ常に叩き出すまっすぐ。平均球速は俺より一回り近く上。最初から前に飛ばせてるだけでも十分やれてるくらい。

 俺だって高校まではバリバリの速球派で鳴らしてたが、ここ最近は本当に世界規模で投球の進化が半端じゃねぇ。俺も梨木(なしき)さんに協力してもらったりでそういうのに適応しようとはしてるが、なかなか身に付かねぇ。

 ……そういうのもまた多分、風刃(かざと)山口(やまぐち)との差。


「3番ライト、松村(まつむら)。背番号4」


 これからどうなるかはわからねぇけど、とりあえず今日の十握の代役は松村。前に十握が抜けた辺りからは割と打ってる。その辺を買われたんだろうな。最近の成績考えたら、思い切って宇井(うい)とかもありえると思ってたが……


「ボール!」

「外!外れました!しかしここで157km/h!」

「ほんと速いですねぇ……私達の頃なんてリリーフでもこれだけ出せる投手はごく稀でしたよ……」


(んふふ〜、徳田(とくだ)さんを絶対に打ち取りたくてここまで速くしたんだからね〜)

(MAX161……普通ならまともに前に飛ばすのも苦労する球威。ですが……!)

「ファール!」

「バックネットに当たりました!」

(その球威よりも上の相手に勝つのが私の大きな目標の1つですからね。今は彼女はリハビリ中ですが……)

(むぅ……タイミングは合ってるな。安全にいくなら1つ変化球……だが、松村は打たれたところで大体シングル。ランナーが溜まってるならともかく、ツーアウトランナーなし。正直、お(きく)の制球を考えたら失投も割と多い変化球を下手に織り交ぜても却ってリスクが上がる……)

(そうだよそうだよマサ〜。第1打席なんだからぁ、ウチなら力でねじ伏せるってぇ〜)

(よし。お菊がそのつもりなら……)

(そして何より、十握さんの代わりに抜擢された身として……!)


 !!!


「!?これは、ライト下がって……」


「え?」

「マジ……?」






「は、入りましたホームラン!松村、今シーズン第4号!先制ホームラン!155km/hまっすぐを捉えました!」


 スタンドギリギリ……ではあるが、サンジョーフィールドの柵はそれなりに高い。打つべくして打ったアーチ。


(真ん中高め……こんな時に限って……)

(いや、それでもスタンドまで持っていくか……)


「「「「「マッツゥゥゥゥゥ!!!」」」」」

「ようやっとる。ようやっとるよ」

「『【超朗報】346の穴、埋まる』っと……」


「ナイバッチ!」

「すげーぞ松村!」

「真木相手にやるじゃねーか!」


 確かに試合前から野手陣の士気は十分だったが、正直、最近の俺が投げてて真木さん相手じゃ、やっぱり今日勝てるか不安なとこはあったはず。そういう意味でも、チームにとってこの一発はデカい。


「サンキュー松村!」

「ありがとうございます!」


 そして俺にとっても。あとはもう逃げ切れれば……


 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・


「7番サード、穂村(ほむら)。背番号5」


「2回の表、ノーアウト一塁二塁!ヴァルチャーズ、ローウェンと田所(たどころ)の2連打で一打同点、長打で逆転のチャンス!」


 ……やっぱそう上手くはいかねーよな。


「うーんこの」

「ちょっとポンポン打たれすぎてんよ〜(指摘)」

「やっぱ今の時代、あんな何の変哲もない右であのスピードじゃ厳しいんやな……」


(……ぶっちゃけ穂村さんは去年くらいから打線の穴。不意の一発はあるけど、まださっきの田所さんまでと比べたら、ここから先はだいぶ安全や。落ち着いてけ)

(確かにもうアタシすっかりおばちゃんだけどねぇ……脚も鈍ったし、守備も狭くなっちゃったし。でも、足手まといになる気はまだないからね〜……!)


 そうだな。とにかく慎重に、それでいて臆病になりすぎず、ゾーン内で勝負……!?


(変化球失投!狙い通り!)

「ファイヤアアアアア!!!」


 しまった……!


「!!引っ張って強烈!三塁線……」






(それで上等だよ、氷室さん)


「!?いや、サード飛びついて捕った!」

「アウト!」

「そのままベースをタッチ!」


 !?早……


「すかさず二塁へ送球!」

「アウト!」


「「「「「え……?」」」」」


「アウトォォォォォ!!!」


「そのまま一塁もアウト!何とトリプルプレーが成立しました!!」


「「「「「いよっしゃあああああ!!!」」」」」


 マジかよ……


「これでスリーアウトチェンジ!ヴァルチャーズ、逆転のチャンスから一転!1-0、バニーズのリードです!」


「サンキューな、月出里」

「えへへ……」

「それと、すまねぇな。今日はほんと……」

「…………」


 さっきのトリプルプレー、確かに一番の要因は月出里の守備。あの打球速度にも反応できる反射神経、そこからすぐに二塁に投げれる身体と肩の強さ。

 けど、それだけじゃきっと成立はしなかった。それに加えて、右のプルヒッターでパワーのある穂村さんにまんまと打たれたから……つまり、俺が不甲斐なかったからこそ。

 それに、今日の試合で野手陣が気合い入ってるのもおそらく、『俺を勝たせるため』と言うよりは……


「ヘタレないでくださいよ」

「え……?」

「あたし、今はこんなんですけど、最初はチームのお荷物だったから、同じように挫けそうな時は何度もありましたよ」

「…………」

「でも、氷室さんみたいに頑張って上に立った人がいたから、『あたしも頑張ろう』って思えたんです。投手と野手で立場が違いますけど、今のあたしは氷室さんもいたからこそって思ってますから」

「月出里……」

「ちょっと(あい)ちゃん、他人(ひと)の旦那をあんまり口説かないでくれる?優輝(ゆうき)くん食べちゃうよ?」

「それは困りますね。お返しします」

「はいよ……ありがとね」

「どうも」


 ベンチに戻って、火織の隣で一息。


「……火織」

「ん?」

「風刃って、やっぱすげぇな」

「…………」

「火織はいつも通り『俺を勝たせるため』かも知れねぇけど、他の奴らが今日こんなに張り切ってるのって、『十握の仇討ち』だけじゃなく、風刃(アイツ)に引っ張られてるとこがあるだろ?」

「だと思う」

「『十握がいなくて苦しいだろうけど、また来週になったら誰が相手であろうとおれが勝たせてやる』。昨日の風刃(アイツ)の完璧なピッチングは、それを物語ってるみたいだった。今年ようやく先発ローテ入りっていう立場なのに、実力もそういうとこも、風刃(アイツ)はもうすっかり"エース"だ」

「……それでも、勝てるよね?あっくんなら」

「ああ!」


 今年まだ優勝できるかはわからねぇけど、それでもバニーズは本当に強くなった。百々(どど)さんもいるし最初からそんなつもりはなかったけど、俺ももう"お山の大将"気分じゃ、"エース"どころかローテに居続けるのだって難しくなっちまった。

 風刃に追いつくどころか、周りが言うように時代についていくのだっておぼつかねぇ今の俺だが、いつか絶対返り咲いてやる。旋頭(せどう)コーチの期待にまた改めて応えるためにも、風刃にも勝ってみせる……!


 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ