第百三十一話 激動の9月(6/8)
******視点:雨田司記******
9月8日。ヴァルチャーズとのカード2戦目。
9回のマウンドが定位置のボクは、ゲーム序盤はこうやってベンチかブルペンで試合を見守るのがいつもの仕事。
「1回の表、ヴァルチャーズの攻撃。1番サード、穂村。背番号5」
バニーズは今6連勝中。僅差での優勝争いが続く中、実質最後の月で最高の滑り出し。
そしてさらに今日の先発は……
「ストライク!バッターアウト!!」
「カーブ!空振り三振ッ!!」
「「「「「風刃くぅぅぅん!!!」」」」」
「2番レフト、玉木。背番号31」
氷室さんや百々(どど)さんさえも差し置いて、もはや"バニーズの絶対的エース"となりつつある風刃。開幕からほぼ常に防御率1点代、勝ち星も奪三振の数も独走状態。
「全く、大した奴だ」
「やっぱメジャー経験者から見てもそう思うもんか?」
「ああ……」
隣にはイェーガーと、そして夏樹。世間では『和』のイメージの強い夏樹だけど、彼女はプロ入り前から国際試合に出まくりの野球エリート。そしてそういう経歴だからメジャー願望も昔から強かったみたいで、実は英語がかなり話せる。そのおかげか助っ人外国人との交友の広さは、おそらくあの人気者の秋崎よりも広い。
ボクも一応そういう願望があるし、進学校の出でもあるから、彼女達の会話の内容を理解するくらいはわけもないけど、多分英語力だけは夏樹の方が上。
「日本のピッチャーは全体的にレベルが高いとは思うが、ウチのチームなら風刃がやはり別格だな。ピッチャーとしてのあらゆるスキルが飛び抜けてる。そしてそれに次ぐのがあの少女……山口、だったかな?」
「……山口さんは『少年』な?」
「What's!?」
「いや、ずっと勘違いしてたのかよ……更衣室でも一緒になることなかっただろ?」
「これは当てただけ!ピッチャー正面!」
「アウト!」
「3番ライト、友枝。背番号9」
……もうすぐシーズン1つ消化するわけだけど、この間にボクもある程度の信頼は得られたと思う。ただし、単に"投手"としてと言うよりは"抑え"として。
やっぱり人間、他人に認められれば相応に嬉しい。"抑え"としての職務を全うするたびに『これも悪くない』って思えて、現状の実力差も相まって『風刃を超えたい』とかそんな願望も枯れさせてしまったり再び燃え上がらせたりを繰り返してきた。『少なくとも、自分のやりたいことをやって周りの足を引っ張るよりは、自分に向いてることを割り切ってやり続けた方が結果的にボクも満足できるんじゃないか』とか、そんな葛藤を何度もしてきた。
「ストライク!バッターアウト!」
「外!見逃し三振!最後は153km/hまっすぐ、手が出ませんでした!」
「うーん、絶好調ですねぇ……」
「これでスリーアウトチェンジ!風刃、初回は三者凡退、2奪三振の素晴らしい立ち上がり!」
「「「「「あら^〜いいですわね^〜」」」」」
「えいりーんマジエース」
「友枝相手でも全く怖くねぇ……」
「「「「「ナイピー風刃!」」」」」
「サンキューっす!」
バックにほとんど仕事をさせることなく、ほぼ自己完結。順調に成果を挙げた先発右腕をベンチメンバーが迎え入れる。
「こりゃあっしも今日1日ベンチでニートやれそうだわ」
「ええ〜?いざという時は頼みますよ〜?この状況で連勝止めたら洒落にならないんすから〜」
「……Hey。こいつは『少年』で良いんだよな?前に女子用の学生服を着ていたが……」
「ん?イェーガー、何て言ってるんです?」
「『お前は男で間違いないよな?』だってさ」
「んんー?どうですかねぇー?確かめてみます?」
「やめろ気持ち悪い」
夏樹の言う通り、今のウチの調子ならボクらの仕事は今日全くないことも十分あり得る。『風刃が投げればまず勝てる』、それくらいの信頼をもう勝ち取ってる。
風刃とか他の投手陣のことも踏まえて、そろそろ来年のこともちょっとずつ考えていかないとね。このまま現状維持か、やっぱり初志貫徹か。そしてそのどっちを選んだ場合に何を優先して解決していくべきか。
「1回の裏、バニーズの攻撃。1番サード、月出里。背番号25」
「「「「「ちょうちょー!!!」」」」」
「今日も一発頼むで!」
「30号まであと3本や!」
そして野手の方で風刃並……いや、ひょっとしたらそれ以上に全幅の信頼を置かれる存在、月出里。不動のレギュラーどころか、今年も盗塁王はほぼ確定、トリプルスリーも三冠王も可能性があるんだから当然と言えば当然。
「今日のヴァルチャーズの先発はポスト。今シーズン4試合目の先発登板となります。来日2年目にして、先発でもリリーフでも幅広く起用されております」
2m近い、堂々たる体格の黒髪白人女性がマウンドにそびえ立つ。風貌はベテランじみてるけど、何気にボクらと同い年らしい。
キャンディ・ポスト。全米ドラフトで1位指名されながらも条件面で折り合わず、メジャー球団とは契約せずにヴァルチャーズと契約した異例の存在……というより、ある意味ここ10年のヴァルチャーズの覇権を象徴するような存在。そんな逸材を獲るためには、当然相応の金額と、球団としての格も求められるわけだからね。
そういう立場だから、投手としてのポテンシャルは当然折り紙付き。肩書きとか経歴とかだけを見れば、風刃と投げ合うのにふさわしい相手に見えるんだけど……
「ボール!フォアボール!」
「ああっと!いきなり歩かせてしまいました……」
ご覧の通り。150以上を軽く叩き出すまっすぐはあるけど、まだまだ発展途上。メジャーや3Aなんかである程度の実績を残してる従来の助っ人外国人と違って、日本球界からプロとしてのキャリアを始めてるわけだし。
しかもメジャー球団と契約が成立しなかったのも、爆弾持ちを疑われて安く見積られたのが主な原因。そんな彼女だから、ヴァルチャーズだって本来ならもっと慎重に彼女を育てたかったはず。
「ボール!フォアボール!」
「ここも外れました!ワンナウト一塁二塁!」
「ヘイヘイ!ピッチャーノーコンノーコン!」
「"全米ドラフト1位"がなんぼのもんじゃい!」
一応、徳田さんからは三振を奪ったけど、月出里と十握は冷静に選んで。ただ、打者としての実力の差が出たと言うよりは、相手の投球の不安定さが露呈した形。たまたま徳田さんの時だけちょっと良いとこに球が集中した感じ。
「ボール!フォアボール!」
「引っ張った!ライトの前……落ちましたヒット!」
「「「「「おおおおお!!!」」」」」
リリィさんにも四球。タダで満塁のチャンスをもらって、松村さんがきっちり先制タイムリー。今日は打線も絶好の滑り出し。
いくら"将来のエース"もあり得るような逸材でも、あのヴァルチャーズが今の段階の彼女を先発やリリーフとして雑に使わないと投手陣を回すことすらできない状況。そしてそんな状況に比例して、現状リーグ4位。今日の先発起用も、こちらが風刃で最初から敗色濃厚だから、ポテンシャルに賭けてワンチャン、ダメでも後の試合でどうにか巻き返し……くらいの気持ちなんだろうね。
皮肉にも、そういう意味でも彼女は今年のヴァルチャーズの象徴と言える。
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