第百三十一話 激動の9月(3/8)
9月3日。今日から千葉でアルバトロスとのカード。
「ナイバッチ!」
「はえ〜すっごい打球……」
「葵姉貴さえいれば……」
月出里さんは今日もフリーバッティングから快音。打球の速さや角度、飛距離以前に、まず音が他の選手とは迫力が違う。まるで銃弾を撃ち出したような『パァン』という破裂音、しかも映像越しでもないのに音が遅れて聞こえるような感覚。
だから他の選手も思わず手を止めたり、向こうの選手も見学に来たりする。もちろん、早めに観客席に入ってきたファンの人達も。今メジャーで活躍してる幾重さんと同じく、打撃練習だけで観客を呼べる存在。
「次、徳田!」
「ハイ!」
「お疲れ様です……」
「あ、松村さん。お疲れ様です」
ちなみに私はもうフリーバッティングの順番は消化済み。何せ今日から十握さんがスタメン復帰。ここまでの成績を鑑みて、レフトに十握さん、ライトに天野さん、ファーストに金剛さんという布陣。
「……あの、月出里さん」
「何です?」
「どうやったら、そのスイングスピードでコンタクトと選球眼を両立できるんですか?」
「…………」
「際どいボール球なんかも、何であんなに悠々と見送れるんですか……?」
ずっと聞きたかった反面、やはり年齢や立場なんかが邪魔してどうしても聞けなかったこと。いざ口にしてみて、『何でこんなことすら聞けなかったのか』と自己嫌悪の念が湧いてくる。
「……別に余裕なんて全然ないですけどね」
「え……?」
「まぁあたしって基本1番ですから、四球は狙えたらなるべく狙ってますけど、それでもあたしって何か理由がない限りは常にホームラン狙いで振りにいってますよ」
「それでどうやって選べてるんですか……?」
「んー、思った通りの軌道じゃなかったら何となく本能で……それと、根性ですかね?思ってもない球でも無理やり打ちにいく自分を必死で止めて……まぁ結構力技ですね。松村さんが思ってるほど、あたしって全然器用じゃないですよ。みんなから言われてる通り、"可愛いゴリラ"みたいなものなんで」
「…………」
「四球なんて、大体は投手の投げミスありきのものなんですから、最初から捻り出せるものじゃないですよ。たとえ"アヘ単"とか言われたとしても、打ちにいって悪いことはないと思いますよ。それと……」
「……それと?」
「あとは集中ですね。目の前のことにとにかく集中。野球って走攻守がどうのって言いますけど、打たないことには走れませんし、投げないことには守れませんし。1つ1つのことにとにかく向き合うことが大事だと思います。これはオーナーからの受け売りですけど」
「……ありがとうございます。参考になりました」
「そうですか……どうもです」
まさに昨日の自分そのまま。最初から苦手な四球を狙いにいったり、アレコレ考えて絶好球を見逃したり、守備でも積極的になれなかったり。そのことを見抜いての叱咤……なんですかね?
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「バニーズ、選手の交代をお知らせします。6番、天野に代わりまして、松村。6番代打、松村。背番号4」
「バニーズ、3点リードのまま8回の表の攻撃に入ります。先頭打者は代打で松村が起用されました」
「おっ、マッツやんけ!」
「まぁ今日はチッヒガチャNやしな……」
「ダメ押し頼むで!」
連勝中で、リリーフが武器のウチにとって、終盤の3点リードは試合の大勢がほぼ決したようなもの。この起用は右のリリーフに対する『ちょっとマシな回答』という程度のもの。私の力に過信したものではないのでしょうね。
「ボール!」
「まずはインコース外れました!」
ずっとベンチにいましたが、目を慣らしてたおかげで照明はまぶしくない。打席に入るまでのルーティンもいつも以上に1つ1つの動作に集中して行った。そのおかげか、おそらくたった1打席の勝負でも気持ちに余裕がある。
「ファール!」
「これはレフトファールゾーンへ!」
「ファールボールにご注意ください」
差し込まれはした。でも、タイミングを除けば大体イメージ通り。
「スイング!」
「バットは……」
「ストライーク!」
「振ってますストライク!追い込まれました!」
「いやいや!止まってたやろ!」
「うーん、それでもほんま打ちたがりやなぁ……」
「先頭なんやから贅沢せんでもええのに……」
……これも結局は三塁塁審の匙加減。私はやるべきことはやった。その結果なら素直に受け入れる。
そして追い込まれたからにはアプローチを変える。いつもより脚を挙げず、すり足気味に……
(よし、かかった……!?)
そして素直に、打てると思ったら打つ……!
「インコース打った!」
「フェア!」
「ライト線フェア!」
「「「「「おおおおおっっっ!!!」」」」」
「セーフ!」
「打ったバッターは二塁へ!松村、ツーベース!」
「やるやんけマッツ!」
「うーんこの"変態打者"」
「出られたんなら何でもええわ!」
(あのインコースが切れなかったのか……)
(仕方ないですよ。あれはもう事故です)
昨日までのことがこんなにもあっさりと。こうなってくると、ますます今まで頑なになってたのかを後悔するばかりですね。
(ナイバッチです)
ベンチから眺めてる月出里さんに向けて、ヘルメットのつばをつまんで軽く一礼。ほんと、感謝しますよ。




