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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第四章 黄金時代
851/1132

第百三十一話 激動の9月(3/8)

 9月3日。今日から千葉でアルバトロスとのカード。


「ナイバッチ!」


「はえ〜すっごい打球……」

(あおい)姉貴さえいれば……」


 月出里(すだち)さんは今日もフリーバッティングから快音。打球の速さや角度、飛距離以前に、まず音が他の選手とは迫力が違う。まるで銃弾を撃ち出したような『パァン』という破裂音、しかも映像越しでもないのに音が遅れて聞こえるような感覚。

 だから他の選手も思わず手を止めたり、向こうの選手も見学に来たりする。もちろん、早めに観客席に入ってきたファンの人達も。今メジャーで活躍してる幾重(いくえ)さんと同じく、打撃練習だけで観客を呼べる存在。


「次、徳田(とくだ)!」

「ハイ!」


「お疲れ様です……」

「あ、松村(まつむら)さん。お疲れ様です」


 ちなみに私はもうフリーバッティングの順番は消化済み。何せ今日から十握(とつか)さんがスタメン復帰。ここまでの成績を鑑みて、レフトに十握さん、ライトに天野(あまの)さん、ファーストに金剛(こんごう)さんという布陣。


「……あの、月出里さん」

「何です?」

「どうやったら、そのスイングスピードでコンタクトと選球眼を両立できるんですか?」

「…………」

「際どいボール球なんかも、何であんなに悠々と見送れるんですか……?」


 ずっと聞きたかった反面、やはり年齢や立場なんかが邪魔してどうしても聞けなかったこと。いざ口にしてみて、『何でこんなことすら聞けなかったのか』と自己嫌悪の念が湧いてくる。


「……別に余裕なんて全然ないですけどね」

「え……?」

「まぁあたしって基本1番ですから、四球は狙えたらなるべく狙ってますけど、それでもあたしって何か理由がない限りは常にホームラン狙いで振りにいってますよ」

「それでどうやって選べてるんですか……?」

「んー、思った通りの軌道じゃなかったら何となく本能で……それと、根性ですかね?思ってもない球でも無理やり打ちにいく自分を必死で止めて……まぁ結構力技ですね。松村さんが思ってるほど、あたしって全然器用じゃないですよ。みんなから言われてる通り、"可愛いゴリラ"みたいなものなんで」

「…………」

「四球なんて、大体は投手の投げミスありきのものなんですから、最初から捻り出せるものじゃないですよ。たとえ"アヘ単"とか言われたとしても、打ちにいって悪いことはないと思いますよ。それと……」

「……それと?」

「あとは集中ですね。目の前のことにとにかく集中。野球って走攻守がどうのって言いますけど、打たないことには走れませんし、投げないことには守れませんし。1つ1つのことにとにかく向き合うことが大事だと思います。これはオーナーからの受け売りですけど」

「……ありがとうございます。参考になりました」

「そうですか……どうもです」


 まさに昨日の自分そのまま。最初から苦手な四球を狙いにいったり、アレコレ考えて絶好球を見逃したり、守備でも積極的になれなかったり。そのことを見抜いての叱咤……なんですかね?


 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・


「バニーズ、選手の交代をお知らせします。6番、天野に代わりまして、松村。6番代打、松村。背番号4」

「バニーズ、3点リードのまま8回の表の攻撃に入ります。先頭打者は代打で松村が起用されました」


「おっ、マッツやんけ!」

「まぁ今日はチッヒガチャNやしな……」

「ダメ押し頼むで!」


 連勝中で、リリーフが武器のウチにとって、終盤の3点リードは試合の大勢がほぼ決したようなもの。この起用は右のリリーフに対する『ちょっとマシな回答』という程度のもの。私の力に過信したものではないのでしょうね。


「ボール!」

「まずはインコース外れました!」


 ずっとベンチにいましたが、目を慣らしてたおかげで照明はまぶしくない。打席に入るまでのルーティンもいつも以上に1つ1つの動作に集中して行った。そのおかげか、おそらくたった1打席の勝負でも気持ちに余裕がある。


「ファール!」

「これはレフトファールゾーンへ!」

「ファールボールにご注意ください」


 差し込まれはした。でも、タイミングを除けば大体イメージ通り。


「スイング!」

「バットは……」

「ストライーク!」

「振ってますストライク!追い込まれました!」


「いやいや!止まってたやろ!」

「うーん、それでもほんま打ちたがりやなぁ……」

「先頭なんやから贅沢せんでもええのに……」


 ……これも結局は三塁塁審の匙加減。私はやるべきことはやった。その結果なら素直に受け入れる。

 そして追い込まれたからにはアプローチを変える。いつもより脚を挙げず、すり足気味に……


(よし、かかった……!?)


 そして素直に、打てると思ったら打つ……!


「インコース打った!」

「フェア!」

「ライト線フェア!」


「「「「「おおおおおっっっ!!!」」」」」


「セーフ!」

「打ったバッターは二塁へ!松村、ツーベース!」


「やるやんけマッツ!」

「うーんこの"変態打者"」

「出られたんなら何でもええわ!」


(あのインコースが切れなかったのか……)

(仕方ないですよ。あれはもう事故です)


 昨日までのことがこんなにもあっさりと。こうなってくると、ますます今まで頑なになってたのかを後悔するばかりですね。


(ナイバッチです)


 ベンチから眺めてる月出里さんに向けて、ヘルメットのつばをつまんで軽く一礼。ほんと、感謝しますよ。

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