第十五話 速いけど、まだ早い(1/8)
8回裏 紅3-4白 攻撃開始
○白組
[先発]
1二 徳田火織[右左]
2中 有川理世[右左]
3右 松村桐生[左左]
4一 天野千尋[右右]
5三 リリィ・オクスプリング[右両]
6捕 冬島幸貴[右右]
7指 伊達郁雄[右右]
8左 秋崎佳子[右右]
9遊 月出里逢[右右]
投 雨田司記[右右](残り投球回:1回1/3)
[控え]
夏樹神楽[左左]](残り投球回:1回2/3)
氷室篤斗[右右](残り投球回:0)
山口恵人[左左]](残り投球回:0)
●紅組
[先発]
1中 赤猫閑[右左]
2遊 相沢涼[右右]
3右 森本勝治[右左]
4左 金剛丁一[左左]
5一 グレッグ[右右]
6指 イースター[右左]
7二 ■■■■[右右]
8三 財前明[右右]
9捕 土生和真[右右]
投 牛山克幸[右右]
[降板]
三波水面[右右]
早乙女千代里[左左]
桜井鞠[右右]
相模畔[右左]
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******視点:天野千尋******
「紅組、選手の交代をお知らせします。ピッチャー牛山に代わりまして、花城。ピッチャー花城。背番号13」
「綾香お姉様ー!」
「今日もキッチリ締めて下さいなー!」
紅組の8回のマウンドを任されたのは、やっぱり花城さん。同性も憧れるくらい上品で清楚な見た目と佇まいで、ユニフォームを着てなければプロ野球選手には全く見えないくらいだけど、実は元々他球団の育成選手で、一度戦力外になってからバニーズに拾われて、そこから勝ちパターンのリリーフまで這い上がった苦労人。いつものようにグラウンドに一礼してからマウンドへ向かっていく。
「ふぅ……」
マウンドから戻って、ベンチで一息つく司記くん。
「お疲れさん」
そんな司記くんにドリンクを差し出す神楽ちゃん。少しためらったけど、司記くんは受け取って軽く一口含んだ。その間に神楽ちゃんは年頃の男女くらいの距離で司記くんの隣に座った。
おやおや〜?これは面白いものが見れそうだねぇ〜?
「礼は言わないからな。元々ボクは一人で抑えるつもりだったんだから」
「…………」
「……ま、余計なお世話にならなくてよかったね。曲がりなりにもボクを打ち込んだ相手にあっさり勝ったんだから、そこは素直に大したものだと思うよ」
「……どーも」
「8回の裏。白組の攻撃。9番ショート、月出里。背番号52」
っと、逢ちゃんの応援が優先だね。小耳に挟ませてはもらうけど。
「キミには特に負けたくなかったんだよ」
「ん?」
「程度の差はあるけど、同じように小・中の頃から注目されてたのに、キミの方は何の邪魔もなく高校でも良い環境で野球を続けられて。ドラフトなんていう客観的な評価以上に、実力でキミ以上と証明しなきゃ気が済まなかった」
「……話が見えづらいんだけど、お前が無名校に行ったのって、誰かの邪魔が入ったからってことなのか?」
「家庭の事情でね」
「なるほどねぇ……まぁあっしも社家の生まれだから理解できんでもないよ。兄貴がいるからそれなりに楽な立場なんだけどな」
「遺憾ながらボクは嫡男でね。全く妬ましいよ」
「そりゃ失礼」
「ボール!」
スローテンポな花城さんだから、カウントはまだツーワン。うーん、相変わらず逢ちゃんは振らないなぁ。
「ま、妬ましいのはお互い様だよ。何がだと思う?」
「……『球速』とか?」
「それもまぁあるな。今の投球スタイルにも愛着はあるけど、やっぱりずっと真っ向勝負できるピッチャーで居続けたかったしな。でもそれよりかは、『諦めの悪さ』かな?」
「馬鹿にしてるのかい?」
「そうだったら妬んだりしねーよ」
「ファール!」
(な、なんてスイングだ……)
いつもながらあのスイングスピードなのにファーストスイングで当てられてるけど、またバットが折れちゃったね……ボクなんか今でも空振りばっかだから羨ましいなぁ。それにあのすごい腕力……どんな鍛え方したらあんな身体を作れたんだか……
「先週の試合、6回よく投げ切ったよ」
「は?そんなの当たり前「そういうとこだよ。途中からボコボコにされても、任された回まで泣き言一つ言わずに最後まで投げ切った。多分あっしにゃできないよ」
「…………」
「そんなあっしだからさ、『諦めの良さ』も才能だって言い張るしかないんだよな。過去の栄光とかそんなんに囚われず、1からやり直しができる、ってな」
「あ……!」
「任せろ!」
ありゃりゃ、これはキャッチャーファールフライかな……?
「ああ〜〜……」
と思いきや、突風にあおられて土生さんは捕球できず。
「ファール!」
「うーん、運が悪かったけど、今のは捕って欲しいよなぁ」
「真壁に競り負けたのもこういうとこやろ」
(それにしても、簡単に当てられますわね……確かにわたくしは打たせて取るのが基本ですが、あのぎこちないフォームでもミートには余裕すら感じますわね……)
「……フン、『諦めの良さ』が才能、ね。負け犬の理屈だな」
「…………」
「キミは確かに色々諦めたんだろうけど、投手であることは諦めてないんだろ?だったら別にボクを妬む必要なんかないじゃないか」
「……!」
「『どんな形であっても、良い打者に勝てるのなら良い投手』。とあるピッチャーがそう言ってた。ボクが目指すべき『良い投手』とは違うけど……まぁ、それも答えの1つだとは思うよ。ボクだって小細工に頼ったんだし」
「……ありがとな」
「間違いを意地悪く指摘しただけだよ。キミだって礼なんか言わなくて良い」
ピッチャーとしても性格的にもとにかく相容れない感じのあの2人だけど、ちょっとずつ歩み寄れてるね。というか、司記くんの態度がちょっとずつ柔らかくなってるのか……
意識の高い先輩選手とか怖いOB・OGの人達はよく『プロに馴れ合いなんていらない』みたいなことを言ってたけど、それって結局はお互いを高め合うための手段だと思うし、たとえ馴れ合いだとしても、お互いを高め合える節度があれば良いんじゃないかなってぼくは思うんだけどね。
ギスギスした雰囲気とかそういうのが苦手なぼくの単なる甘えなのかもしれないけど、それでも今日の試合に勝って、司記くんの変化を『成長』だって堂々と言えるようにしたいなぁ。
「アウト!」
あちゃあ、結局逢ちゃんはセンターフライかぁ。まぁしょうがない。まだ正確には高校生なのによく頑張ってるよ。
むしろぼくが4番としてもっと良いとこ見せなきゃね。司記くんもそうだけど、ぼくも結果を出して振旗コーチに恩返ししなきゃいけないし。