第百三十話 まだ終わってない(8/9)
「アウト!ゲームセット!」
「レフト相模が捕って試合終了!3-1!バニーズ、連敗を4で止めました!」
結果的に失点は初回のみ。風刃くんが8回までイニングを消化してくれて、雨田くんで締めくくり。
「「「バニーズ最強!バニーズ最強!」」」
「風刃にやっと勝ち付いたぞ!」
「流石"エース"や!」
「んもう、"疫病神"扱いしてたくせに都合良いなぁ……」
「あはは……」
チーム状況を散々悲観してたファンも勝利で湧き、ベンチのみんなも呆れつつも安堵する。
「月出里くん、わかってるよね?」
「……はい」
(チッ……)
帰り支度をしてた月出里くんに釘を刺す。あの状況で、連敗脱出を決定付ける勝ち越しの一発。ビジターだからヒロインが1人だけで、月出里くんがヒロイン嫌いだからって、今日ばかりは逃げてもらっちゃ困る。
僕にとっても、今日のヒーローは紛れもなく君なんだしね。
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******視点:徳田火織******
8月24日。今日からホームでビリオンズ戦。
今年のビリオンズは春先の本当に最初の方だけトップを争ってたけど、今は借金二桁でエペタムズと最下位を争ってる状態。
今年はぶっちぎりで首位のチームはなくて、シーズンの終わりまであと1ヶ月くらいの今でもヴァルチャーズ辺りまでならまだギリギリ優勝の可能性は残ってるけど、流石に下位2チームにとってはもう消化試合に近い状態。これだけ負けが込んでると、CSの可能性もほぼないしね。
「ストライク!バッターアウト!」
「三振ッ!最後はスライダー!」
「うーん、やはり関はまだまだ故障の影響がありそうですねぇ……」
「「「「「氷室くぅぅぅん!!!」」」」」
黄色い歓声からお察しの通り、今日はあっくんの一軍復帰戦。鋭利くんが今月の初勝利を挙げた直後なんてちょっとした皮肉。
……ま、アタシ自身、鋭利くんに対する当たりが悪いと思って反省したし、一昨日の鋭利くんの勝ちは素直に良かったと思ってるよ。勝たせるためにアタシだって頑張ったんだし。
あとは今日あっくんが勝ってくれたら、バニーズのみんなにとって望ましい結末。今は3回の表。今年調子が悪くて7番に落ちてる関さん相手とはいえ、先頭打者からもキッチリ三振を奪った。ここまでは良い感じ。
「ストライーク!」
「真ん中!しかし見送ってストライク!」
「今日はカーブをよく使いますね」
前に一緒に二軍にいた時にも見せてたナックルカーブ。元々あっくんはカーブもそこそこ使ってたから、それを改良する形ですぐにものにできたみたい。
って言うかそもそもあっくんは毎年のようにキャンプとかで色んな球種にチャレンジはしてる。単に試合で投げてないだけ。別にフォークだけのピッチャーなんかじゃない。
(……まぁ半分博打に近いが、ここまでは何とか躱せてるな)
(曲がりは良いけど、全体的に甘く入ってくるな。狙えば飛ばせるかも?)
(過信しすぎるには怖い球やな。とりあえず初見なのを生かして最低でもこの一巡目までは多めに使って、そっからは前みたいに真っ直ぐフォークで……)
そしてアタシはアタシの仕事。幸貴くんのサインやミットの位置を確認して、バッターを注視。
プロの打球速度は速いとメジャーのピッチャーのまっすぐ並……それどころか、逢ちゃんくらいの怪物にもなると200km/h近くもありえる。そんなのに対応するにはやっぱりそういう打球が生まれる前の準備が大事。ちょっとでも良い一歩目が切れるように……!?
「これは、ライト下がって……」
右方向の打球。もちろん、セカンドのアタシの身体もその方向へ反射的に動く。少しでも早く『動』に移れるようにきちんと準備してた証拠。でも、大きく角度の付いた打球だから最初からアタシの役割なんてなく……
「入りましたホームラン!■■、第8号!!先制ホームラン!!!」
「「「「「いよっしゃあああああ!!!」」」」」
それどころか、外野の役割もなく。
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「4番指名打者、若王子姫子。背番号60」
先制のソロムランの後、ツーアウトまでは漕ぎ着けたけど、連打で満塁。しかも打席にはあの"満塁女王"。考えられる限り最悪の展開。
「一二塁間強い打球!」
(マジか……!?)
(くそッ、今度こそ外いっぱいに決まったはずなのに……!)
「ッ……!」
ここにきてアタシの役割……なのに……
「抜けました!」
「セーフ!」
「三塁ランナーホームイン!」
「セーフ!」
「二塁ランナーもホームイン!3-0!!」
(あとはうちも……!)
それだけはさせない……!
「徳田さん!」
ライトの桐生くんからの送球。確かにアタシは肩はあんまり強くないけど……
「サード!」
「アウトォォォォォ!!!」
「サードタッチアウト!」
「「「「「おおおおお!!!」」」」」
「やるやんけかおりん!」
「だったらそもそもさっきの捕りなさいよね……」
このくらいはね。
「これでスリーアウトチェンジ!しかしこの回、■■の先制アーチと若王子の2点タイムリーでビリオンズ、3点を先制!」
「流石だぜ"満塁女王"!」
「現役唯一の金特!」
「姫子の代わりはやっぱり姫子しかおらんな……」
もう30代後半にとっくに入ってて、その分もちろん衰えてて、今でも普段は引っ張ってホームランを打つことばっかり企んでるようなスイングなのに、満塁になると途端に逢ちゃんとか友枝さん以上の最強打者に変貌する変わり者。そんなのに鉢合わせちゃ流石にあっくんも……じゃないよね。
「…………」
若王子さんのことをわかってる以上、そういう状況を作ってしまった時点で……ってことだよね。言葉を交わさなくても、あっくんの表情を見ればそれくらいのことはわかる。
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「ストライク!バッターアウト!ゲームセット!」
「試合終了!最終回は守護神・瀬長がキッチリ締め括りました!6-4、ビリオンズ、まずはカード初戦を取りました!」
「良いぞ良いぞ!」
「優勝もう無理でも最後まで頼むで!」
「みそボン上等じゃ!」
「あーあ、また負けちゃったわね……」
「今年のビリオンズに6点も取られたんならなぁ……」
「風刃くんも今月なかなか勝てへんかったけど、運悪かっただけやしな」
「やっぱこれからは風刃くんやろ」
「はぁ!?何言うてんねん!!?」
「自分らも意地張ってへんでええやん」
「風刃くんもめっちゃ可愛えやん」
「知らんし。どんだけ風刃くんが凄くてもウチら絶対に氷室くん裏切らへんし」
「せやせや。氷室くん絶対復活するし」
観客席から漏れ聞こえる声。
……いつもアタシに好き放題言ってくれて、正直アタシだって好きにはなれない人達だけど、今回ばかりは同じ意見。あっくんの名誉挽回のチャンスはまだ終わってない。多分今月中にギリギリもう1試合くらいは投げるはず。そこで今度こそ……!
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