第百三十話 まだ終わってない(7/9)
「ほんとよく打ってくれたよ、あの雰囲気の中で」
「……どんな時でも勝ちにいくのは当たり前ですよ?」
「ま、まぁそうだけど……僕としちゃ色々助かったからね。その……采配とか……」
「でも、あたしをスタメンに選んでくれたじゃないですか?」
「そりゃあまぁ、実力があるんだから当然……」
「伊達さんも、ジz……柳監督も、その前からずっとあたしのこと認めてくれてたじゃないですか?春先にホームランばっかり狙って失敗しまくってた時だって、ずっとあたしを使ってくれてました」
「…………」
「高校の頃もそうだったんですよね。中学の時に一度野球を辞めて、そのせいであんまり実績のないあたしでも、監督はずっとあたしを信じてくれて。でも、結局ほとんど結果が出せなくて。だから、あたしは『あたしを選んでくれた人をもう絶対に後悔させやしない』って、そう決めてるんです」
「……!」
(ま、『すみちゃんの願いを叶えるついで』、だけどね)
「あたしはいつもあたしのことだけでいっぱいいっぱいですから、伊達さんが何をしようとして何を失敗したのかはわかんないですけど、どういう考えでチームを動かしてたとしても、結果としてあたしを選んでくれてる以上は、その考えを『正解』にしようとはしますよ。それって結局、選ばれたあたしが活躍すれば済む話なんですから」
「……すごいね、月出里くんは」
「監督に使ってもらってる人みんなにとって当たり前のことだと思いますけどね」
「それを当たり前だと言えるところがだよ」
「……どうも」
「ボール!フォアボール!」
月出里くんは『単純な体力』も、『野球の才能』もずば抜けてる。だけど、月出里くんの一番の凄さはこの『意志の強さ』だと思う。これと決めたら何が何でも成し遂げようとする。今の時点で十分凄くても、その先の進化があると信じて疑わずに努力を続けられる。
まだ高校を出て4年目だけど、2年目で十分すぎる活躍をして、そこから年々さらに成績を向上させられてるのも、きっとそういうのがあってこそだろうね。
「ライト線……」
「フェア!」
「落ちましたヒット!ワンナウト一三塁!」
「4番レフト、金剛。背番号55」
「……まぁでも、いつも伊達さん見てて思うんですけど」
「?」
「伊達さんって何と言うか、ちょっと優しすぎますよね」
「そうかな……?」
「すみちゃ……オーナーが掲げた優勝のために、あたしとかみたいな歳の若い人でも実力を見てくれてますけど、それでも色んな人にチャンスをあげたり……あたしも昔からプロ野球観てますけど、よく"名将"って言われるような人達とはタイプがちょっと違うかなーっていうのは正直思います。少なくとも柳監督とはだいぶ違いますよね。何と言うか、『勝つために手段を選ばない』とか、そんなこと絶対言いそうもない感じで……」
「う、うん……そうかもね」
……暗に『優柔不断』って言われてるのかな、これ?まぁでも、否定できない……
「でも、良いじゃないですか」
「?……!!!」
「痛烈!一二塁間破った!!」
「セーフ!」
「三塁ランナーホームイン!3-1!金剛、ダメ押し!貴重な追加点が入りました!」
「「「「「よっしゃあああああ!!!」」」」」
「…………」
「あたしだけじゃなく、他の人達もこうやって伊達さんの考えを『正解』にしてくれてるんですから」
あの時、金剛くんを代えなかったのが『正解』になった……いや、金剛くんが『正解』にしてくれたのか。
「野球なんて運に左右されまくるんですから、結果が出せるか出せないかも運次第ですけど、それでも伊達さんみたいに『みんな活躍してほしい』って気持ちが伝わってくる人の下だったら、きっと他の監督よりは勝ちやすいと思いますよ」
「……それで良いのかな?」
「あたしは全然」
それで良いのか。そんなやり方でも。でも……
「月出里くんの言う通りだよ、僕は」
「?」
「僕は世間で"名将"って呼ばれてる監督とは違う。ああいう人達は大なり小なり、現役の頃に『勝ち』を知ってる。でも僕はずっと『負け』しか知らなかった。だから、そういうのにはなれないんじゃないかって思ってた」
「あたしもプロに入るまではずっと落ちこぼれだったから、そういうのは意地でも否定したいです」
「……ありがとう」
視界が滲む。まだ優勝どころか、今日の試合だって勝ったわけじゃないのに。
しょうがないじゃないか。あの悔しかった日々に、本当に意味が生まれるかもしれないんだから。僕の現役の頃からの戦いはまだ終わってなかったんだから。心のどこかで『絶対できない』って思ってたことを否定してくれたんだから。
月出里くん、君はまさに可能性そのものだね。どんな不可能も可能にしてしまいそうな、そんな期待をさせる。今の不景気な時代、野球に限らずこの国そのものの将来を悲観視する人だらけだけど、君がいればそんな世の中も変わってしまいそうな、そんな気さえする。
……僕が生まれた頃。高度成長期の日本。あの月島英雄も、世間ではそんなふうに見られてたのかもしれないね。
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