第百三十話 まだ終わってない(5/9)
「タイム!」
同点でノーアウト満塁。当然、向こうも動く。まずは最低限、キャッチャーと内野陣、そしてコーチがマウンドに集まる。
ゲームは6回。今のプロ野球ならこういうタイミングでの先発投手の交代は全然あり得ること。でも、今日は風刃くんと赤坂くん、両軍にとってエース格同士の投げ合い。
「赤坂、このままいけるか?」
「当たり前じゃないっすか。ここで俺が先に降りられるわけないっすよ」
現時点での実力はともかく、プロとしてこれまで積み上げてきた実績は赤坂くんの方が確実に上。2年前の故障以降、成績は下降してるけど、かつては5年連続で奪三振王となった大エース。
そして、チームも現在向こうが首位、そしてこっちが2位。さらに言えば、ここ10年ほどの歴史を辿ると、ウッドペッカーズはまだ創設20年弱ながら、8年前に優勝と帝国一を成し遂げている。その時のメンバーは今でもレギュラーとしていくらか健在。赤坂くんも当時ルーキーながら制覇に貢献してる。対するウチは戦前からある球団ながら、20年以上優勝も帝国一も成し遂げられてない。
つまり、こっちが挑戦者として胸を借りてるような立場。ここで先に向こうが形だけでも折れるのは、それだけでチームの士気に関わる。ここでの交代はまずない。
「秋崎くん」
「は、はい!」
ネクストで待機する秋崎くんを一度呼び寄せる。
「多分向こうのピッチャー交代はない。いつも通り、外野に飛ばすことに専念してくれたら良い。君はフライを打つことにかけては、月出里くんどころかこのチームでも随一だ。自信を持って振りにいってね」
「はい!頑張ります!」
「……向こうの秋崎は基本的に低打率の扇風機だが、外野に飛ばすのだけはできる。流れを引き寄せるためにも、ここは大勝負だ。何としてでも0で切るぞ!」
「「「「「ウィッス!!!」」」」」
マウンドでの集まりが解散する。やっぱり交代はなし。状況的にはこっちの方が有利なはず。
「プレイ!」
……そして、こっちも現状維持。
(俺に代走はナシ、か。心情的にはありがたい。今は低迷してるとは言え、今年の快進撃は間違いなく若手が中心となったもの。いくら優勝が何よりの悲願とは言え、このまま俺達が負けっぱなしのタダ飯喰らいのまま"優勝受取人"になるのはどうしてもな……)
「外野はやや前寄り……」
「ここはテキサスも許さないって構えですね。長打リスクがその分増えますが……」
そして向こうも何が何でも失点阻止の姿勢。ウチとしても次の1点は何が何でも欲しい。そう考えると、犠牲フライを想定して三塁の金剛くんに代走を送るのも選択肢の1つ。
けど……
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「『バニーズは20年以上負け続けた』。それはまぁもうすでに積み重なった歴史ですから、覆しようはないことやと思います。20年以上の積み重ねを、今年のシーズン半年弱程度で全部払拭できるなんて、そんな都合のええ話なんてないと思います。でも、たかがプロ4年も経ってないオレらにとっちゃ知ったこっちゃない話でしょ?」
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冬島くんの言うことは尤もだけど、同じ立場で共に戦った者として、金剛くん達が頑張ってきたこれまでを全部無かったことには絶対にできない。金剛くん達にも、『自分達の力でチームを優勝に導いた』という実感を持って欲しい。
まだ6回。金剛くんには打席がもう1回は回る。ましてや今日は4番で起用。代えるのはこちらとしても士気に関わる。
……ここの選択は間違ってない。間違ってないはずなんだ。
(赤坂さんは三振をいっぱい奪ってくるタイプ。こういうタイプは当てるの自体が難しいけど、三振を狙いにくる分、フライは意外と狙いやすい。わたしだって逢ちゃんと同じ時間プロにいて、今日だって赤坂さんの球を2打席分見てきた。ここは絶対に決める……!)
「!!!まっすぐ!打ち上げた!!」
「「「「「おおおおお!!!!!」」」」」
ショートとレフトの間。通常の守備体制ならギリギリポテンってとこだけど……
「アウトォォォォォ!!!」
「レフト捕りました!」
(だがその体勢なら……!)
「三塁ランナータッチアップ!」
前進守備のせいでタイムリーとはならなかったけど、鳴海くんのあの捕球体勢なら……!
(ここの1点は死んでも阻止!)
「バックホーム!判定は……!?」
「アウトォォォォォォ!!!」
「ホームタッチアウト!」
「「「「「ほげぇぇぇぇぇ!!!」」」」」
「おいィ!手が先やろうが!!」
「勘違いしたらあかんよ勘違いしたら!」
際どいタイミング。ここは当然……
「伊達監督、ベンチから出てきて……リクエストです!」
「当然ですね」
(…………)
そりゃそうだ。金剛くんの激走を信じる以外にない。
「ここのクロスプレー、金剛がヘッドスライディングでホームベースに手を伸ばして……このアングルからだと手が先にホームに触れてるように見えますが……」
「……ああでもこれ、ベースに触ってなさそうですね。キャッチャーのタッチは確実にしてそうですが……」
「「「「「…………」」」」」
最初はこちら側にとって有利に見える映像が流れたけど、次の映像で真相が明るみになって、誤審を疑って盛り上がってたこっち側の観客席もベンチもだんだん静まり返って……
「判定はアウト!アウトです!判定は変わりません!バニーズ、無得点でツーアウト一二塁となりました!」
「「「「「おお、もう……」」」」」
「「「「「おっしゃあああああ!!!」」」」」
「珊瑚ネキほんとすき憧れる」
「いける!いけるぞ!」
(向こうの方がキャリアが上でも、同じ4番レフトとして負けてられないってね)
「すみません……」
「いや、よくやってくれたよ」
苦々しい表情でベンチに戻ってくる金剛くんを労う。
「すまない、秋崎。お前はちゃんと役割を果たしたのに……」
「いえ、わたしももっと飛ばせてたら……」
そしてお互いに謝り合う金剛くんと秋崎くんに合わせて、ベンチは一層静まり返る。さっき冬島くんが起こした盛り上がりも、たったのワンプレーで……
「8番ショート、宇井。背番号24」
(まだっす!また終わってないっす!)
「!!!逆方向!!」
これは……!
「アウトォォォォォ!!!」
「捕った!サード繁竹捕りましたファインプレー!!」
…………。
「「「「「いよっしゃあああああ!!!」」」」」
「最高だキャプテン!」
「今日は勝ったな(確信)」
「ちょっとツキがなさすぎんよー……」
「もうどないしたら点取れるんや……」
「今日もえいりーん見殺しコースかぁ……」
ほんのわずかに見えた希望が、逆に雰囲気を余計に鎮める。まだまだ中盤で、風刃くんも健在。そんな状況だけど、みんなの表情は暗い。
……さっきのリリィくんと同じだね、僕も。金剛くんに代走として相模くん辺りを送っていれば、おそらく1点は取れてた。非情に徹すれば取れてた1点だった。秋崎くんの打率を落とすことなく1打点も付けられてたはずだったし、風刃くんにも勝ち投手の権利を与えられたはずだった。合理性もあるはずだった選択が、こういう結果によって『間違っていた』と思い知らせてくる。『せっかく若い選手が作ったチャンスを、古狸の心情で台無しにした』。どんな理由があろうとも、結果がこうである以上は否定できない。
やっぱり、負けしか知らない僕がチームを頂点に導くなんてできっこないのかな……?
「…………」




