第百二十九話 魔の8月(5/8)
8月13日朝。優輝の部屋。
「急だったのにありがとね」
「うん。これくらいだったら……」
リビングのテレビの前にダンボール。中にはあたしの実家にあった、あたしの私物の古いテレビゲーム諸々。一昨日の試合の後、息抜きの手段として優輝に無理を言って取りに行ってもらったもの。
「優輝、ここ座って」
「う、うん……」
ハードを1つ取り出して、テレビに繋ぐ。そして今の気分的にやりたいソフトを1つセット。あたしはブルーライトカットのメガネをかけてテレビの前でちょこんと座って、優輝はその真後ろ。座椅子の背もたれみたいな感覚で、ほんのりと接触。
昨日の夜中に福岡遠征から大阪に帰ってきて、今日も夕方からホームゲーム。だからあんまり時間に余裕はないけど……
「はい、よーいスタート。竜退治はもう飽きた人向けの名作RPGのRTA、はぁじまぁるよぉ〜」
「え?RTAやるの?」
「まぁ、良いタイムは狙ってません。ノリで言っただけです」
「それって単なるちょっと効率の良いプレーとかじゃ……」
「一応自分なりに良いプレーは目指すから」
そもそもRTAみたいに最初から始めるわけでもない。分割して取っておいたセーブデータをロード。
「どこここ?」
「最後の街。今からラスダン潜って中ボスのタラコ唇倒しに行く」
「中ボス?ラスボスじゃなくて?」
「うん。ぶっちゃけラスボスより倒すの難しいからね。そのくせ懸賞金が異様に安いけど」
あたしの趣味というか息抜きの手段、『古いゲームを黙々とやること』。
「にしてもスー■■ミとか、今でも動くんだね……」
「任■堂のハードは丈夫丈夫」
「勝さんか牡丹さんがやってたの?」
「ううん。お母さんの方の親戚からもらった。もうやらないからって」
「前も初代プ■■テのゲームやってたけど、最近のゲームはやらないの?」
「最近のゲームってRPGでも無駄にアクション入れてくるし、変に小難しい仕様とかいっぱいだし、グラフィックも綺麗すぎるのがね。こういう簡素な画面を想像で補う楽しみがないって言うか……」
「な、なるほど……」
あたしや優輝みたいなギリギリ20世紀生まれの世代にとっては、生まれた時点でもスー■■ミは型落ちのハード。そんなのを好き好んでやってるけど、別にあたしはレトロゲーマーとかじゃない。
「……ってのは半分建前。昔、ちょっと一時期ゲームも買えないくらいお金に困ってた頃があってね。この辺のもその頃に譲ってもらった物なんだよね。だから今更新しいゲームに興味を持ったりするのは悔しいというか何というか、何かそういう気分になるんだよね」
「…………」
「お金いっぱい稼げるようになった今でもね……」
そういう悲しい事情ありきのことだけど、それでもプレーに没入する上ではこのくらい簡素な方がむしろ良い。『自分のプレー』ってのが見えやすいからね。
今時のゲームみたいにカメラを回すとかそんなのもなく、紙に書いた迷路を指でなぞるようにずっと上からの視点。昔のRPG特有の『出現率の高いランダムエンカ』があるからできるだけ無駄に動かず、戦闘もなるべく最小限の消費で済ませる。変な話だけど、『いろんなゲームを作品として楽しむ』というよりは、『何度も通った道中で最適な行動を再現しつつ、もっと良い方法を模索することを楽しむ』感じ。
だから、やってることはRTAに結構近いと思う。『他人のプレーの良し悪しは全く気にしない』って点を除けば。結局ゲームなんて自己満足のためにやるものなんだから、そういうので良いと思うんだよね。わざわざ今時のゲームみたいにネットに繋いで世界中の他人と競ったりしなくても、こうやって楽しめたら十分。
「ここからはクルマを降ります。プロテクターや買い込んだ回復アイテムがどんどん溶けていきますが、気にせず進みましょう」
もう何度も潜ったラスダン。もっと言えば、今回の目標の中ボスも、さらにその先のラスボスももう何度も攻略してる。戦闘もコマンド制で、アクション要素なんて1つもない。
でも簡単な操作で同じことを何度もしてるはずなのに、うっかり道を間違えたり、戦闘で別に奇襲を受けたわけでもないのにちょっとした選択ミスで思わぬ消費をしたり。もちろん、昔のゲーム特有のランダム要素の多さにも振り回されたり。野球はバッティングやピッチングだけじゃなく守備走塁にも好不調があるって言うけど、こういう昔の単純なゲームでも好不調はある。人間、同じことを全く同じようにやるのだって簡単じゃない。
このゲームのプレーに慣れてはいるけど、過去の方がもっと良いプレーができてた。そんなのを振り返るのも、あたしなりのゲームの楽しみ方。
「あ、これがもしかして例の中ボス?」
「うん。RPG史上でも有名なタラコ唇」
アイテム欄をチェック。ずっと使い回してるセーブデータだから忘れ物はないはずだけど、消費アイテムはプレーのたびに多い少ないに違いが出るからね。
いつもより回復アイテムが少ないけど、多分ギリギリいける。思い切って戦闘に突入。
「このタラコ唇はやたら強力な炎を撃ちまくってきて、何の対策もしてないと味方が簡単に落ちてしまいます。だから、このアイテムを熱バリアに書き換える必要があったんですね」
「そうなんだ……」
普段のプレーだったらこんな独り言は言わない。でも、案外良いかもしれない。自分が実際にやったことを振り返ることもできるし。
……ゲームする上で他人の目とか気にしたことなかったけど、好きな人に上手いプレー見せるのも悪くないかもしれないしね。
「あ、女の子落ちた」
「あああああああもう!何でモヒカンそっちに投げるのおおおおお!?ふぅざぁけぇるぅなぁーッ!!!」
よりによってパーティのメイン火力が被弾。蘇生手段がもうないのに。
「はいリセッツ」
「え?まだ男2人と犬残ってたけど……」
「あのタラコ唇異様に硬いし。メイン火力落ちたら無理無理」
一瞬取り乱したけど、まぁ優輝がいるからってことで半分はフリ。何度もプレーしてきたからあんな事故はいくらでも起こるってわかってるし、うまくいけば勝てるのもわかってるしね。
そもそもこのセーブデータも、あのタラコ唇を初めてギリギリ倒せた時のを記念に取っておいたもの。だからレベリングも最低限。あの状況じゃもう勝ち目がないのもわかるから、冷静にやり直し。
「では、タラコ唇討伐第二次遠征、イクゾー!デッデッデデデデ……」
「カーン!デデデデ……今日も試合だからほどほどにね?」
「わかってるよ」
そういう時間の限りとかプレッシャーも、良いプレーを目指す上で程良い刺激。だからそこはちゃんと守るよ。そもそもこれはバッティングの不調をどうにかするための手段。一応野球に関わることなんだから。
「……優輝」
「ん?」
「お触りしないの?」
「うぇっ!?い、いや、邪魔にならない……?」
「良いよ別に。っていうか……」
「?」
「背中、当たってるよ。朝から元気だね」
「…………」
「わざわざこれ取りに行ってくれたんだから、お触りくらい遠慮なくやってくれて良いよ?」
「……うん」
スケベなことを我慢しつつ良いプレーを目指す……ってのも良い縛りかもしれないしね。ケケケケケ……
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