第百二十八話 心は素直(9/9)
******視点:十握三四郎******
7月17日。オールスター2日目。
今日は俺達バニーズ組4人が全員出場。俺と月出里さんは昨日も出たけど、今日はファン投票1位だった山口さんが先発で投げて、風刃くんが1イニングだけ投げる予定。
「「…………」」
月出里さんがオールスターだとベンチで終始やる気がなさそうな雰囲気を醸し出してるのはいつものことだけど、山口さんは逆にやたらやる気満々な雰囲気。一応お祭りみたいな体なのに、2人とも別のベクトルで黙って試合の準備をしてる。
「瀬長さん瀬長さん!ストレートとスライダーとカットボールとカーブと……あとツーシームとフォークの投げ方教えて下さい!」
「我んの球種全部、よく言えましたねぇ」
「あ、十握さん!ちっす!」
そして風刃くんは予想通り、こういうお祭り的な雰囲気に馴染んでる。
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試合開始。俺と月出里さんは昨日スタメンだったから、リリーフの風刃くんと一緒にベンチスタート。グラウンドにいるのは今は山口さんだけ。
「ストライク!バッターアウト!」
「三振ッ!最後はチェンジアップ落としました!」
笑顔を見せる選手も多い中、試合が始まっても山口さんの表情は真剣そのもの。初回から容赦のない配球。
「3番ライト、綿津見。背番号1」
(この時を待っていた……!)
(久しぶりだなぁ、チビっ子。逢もお前もよくここまで上り詰めたもんだ)
綿津見さんの表情はいつも通り綻んでるけど、醸し出す雰囲気はシーズンの試合と変わらない。お互いにどういうわけか真剣勝負の様相。
「多分リベンジでしょうね」
「月出里さん……?」
「あたし、1年目に二軍でスティングレイと試合したんですけど、その時たまたま怪我明けのメスg……綿津見さんがいて、その試合で投げてたの山口さんだったんですよ」
「……なるほど。『リベンジ』ってことは結果は……」
「まぁあの時はあたしも山口さんもそういう立場だったんで」
かまぼこをひっくり返したような目でずっとグラウンドを眺めつつも情報共有。俺も月出里さんにそのくらいは認められてるってことなのかな?
「ストライーク!」
「初球まっすぐ!150km/h出ました!!」
「「「「「おおおおお!!!」」」」」
普段は先発でのペース配分、それに緩急と制球を重視してるから球速は140中盤かそれ以下なのに、いきなりこの球。
(綿津見さんは来年からメジャーに行くってもっぱらの噂。今年せっかく先発ローテ入りできたのに交流戦じゃスティングレイ戦で投げられなかったから、やり返すならここしかない。勝ち逃げなんて許さないからね)
(あんときゃ最初はチェンジアップだったかな?真っ向勝負たぁ良い度胸してやがる)
「ファール!」
「またストレート!しかしバックネットへ!」
(それでも追い込めた)
(勝負はこれからだぜ?)
「「「「「…………」」」」」
ベンチでも、何ならシーズン中の良い休憩時間みたいに寛いでた人達も、勝負の行方を固唾を飲んで見守ってる。
「ボール!」
「ファール!」
「スイング!」
「ボール!」
「バット止まりました!これでツーツー!」
(……本気の勝負に付き合ってくれて、とりあえずそこは感謝かな?)
(オレはいつだってそういうのは大歓迎だぜ)
ここで初めて頬が緩む山口さん。きっと次が勝負。
(決め球はあの時と同じ……いや、ずっと磨きをかけたインスラ!)
(!!曲がった……!)
「レフト大きい!!!」
「「「「「おおおおお!!!」」」」」
「アウト!」
「センター高座間に合いました!これでスリーアウトチェンジ!」
ツーベースも普通にあると思ったけど、流石の守備範囲。
(……あの時と違うのはおれ達だけじゃない。バックも二軍の野手じゃなく、リーグの選りすぐりの野手)
(いんや、オレとしちゃあんだけ詰まらされたんなら負けだわ)
(でも、納得はできた)
(そりゃどうも)
山口さんは一瞬苦虫を噛んだような表情を見せたけど、ベンチに戻る道中には険しさがなくなった。
「いやぁ、良い勝負だったっすねぇ!」
「うん」
やっぱり野球はこういうのの方が良いよね。いくら今日の試合がシーズン中の成績に反映されないからってヘラヘラしながらプレーするのは、『今日イマイチでもお祭りなんだから勘弁してね』って感じで予防線張ってるみたいだから。
オールスターだろうが勝負は勝負。ファンからしたら『そのリーグで最強の選手を選りすぐった』ようなものなんだから、それ相応のプレーはしないとね。
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俺は6回に代打で出て、ヒットを打って代走を出されてそれでお役御免。あとはベンチの盛り上げ係だけ。
月出里さんも代打で出たけど、そのままサードに入って今もグラウンドにいる。
「お疲れ様」
「あざっす!」
7回にリリーフで登板した風刃くん。いつもより球威はやや控えめだったけど、元の球威がアレだからね。制球さえしっかりしていればそうそう打ち込まれることはない。
「今年はほんと好調だね」
「へへっ、そうっすよね!」
「……プライベートでも可愛い子と付き合えてるみたいだね」
「あー……十握さん的にはそういうのアレな感じっすか?」
「別に?俺だって今度モデルと結婚するし」
「え?マジっすか?」
「マジだよ。だから俺はともかく、他の人に色々言われてないか大丈夫かなって」
「……あ、もしかして徳田さんのアレとかっすか?」
「まぁ……ね」
察しが良い……というか、風刃くん自身にも思うところがやっぱりあったんだろうね。
「ま……多分わざとじゃないとは思うんすけどね。正直、前の試合に限らず、おれが投げてる試合の徳田さんってイマイチなことが多いっすけど」
「だろうね。去年色々あったし、そんな自分の首を絞めるようなことはわざしないはず」
「人それぞれ色々あるっすよね。抱えてるもんとか」
「全く」
「だから別に恨みっことかはないっすよ。たとえわざとで味方に邪魔されようが、女の子と遊んでようが、SNSでファンとレスバしてようが、プロは勝ちゃ良いんすよ勝ちゃ」
「俺もそう思う。風刃くんがそう言えるくらいに頑張ってるのは俺も知ってるからね」
「あざっす」
「……この勢いで優勝もできるかな?」
「そのつもりでやってきたっしょ?」
「うん。『月出里さんに勝つつもり』でもね」
「……ウチって月出里さんの年が一番の当たり年って言われてますよね?」
「みたいだね」
「『おれと十握さんの年だ』って言えたらいいっすね」
「ん」
お祭り騒ぎが続く中、本来のチームでのことで申し訳なさを感じつつも、風刃くんと拳を合わせる。
……俺も月出里さんの存在が大きいから、徳田さんの気持ちもわからなくもない。厳密には徳田さん自身じゃなく氷室さんを想ってのことなんだろうから、ある意味美しくもあるとは思う。
でも、それでも俺は真っ向から勝負して勝つ。『心は素直』だとするなら、本気でそう思い続けていればあんなポカはしたりしないし、その目標だって実現できる。
俺も徳田さんも結局は個人的な感情が最優先なのは変わらないけど、それでもその感情を優勝という結果に結びつけられれば、誰だって文句は言わないよね?




