第百二十八話 心は素直(8/9)
******視点:氷室篤斗******
7月15日、二軍球場。
俺はこの前の登板後から二軍で再調整。前の登板の内容が目立って悪かったわけでもねぇし、一応名目では『オールスターで日程がある程度空くから休養がメイン』ってことになってるが、俺自身も今年の出来に満足できてないのも事実。オールスターにも選ばれた風刃や山口と比べても、明らかに内容に差がある。援護の多い少ないも言い訳にならない程度にな。
「「「「「おおーっ!!!」」」」」
そして、火織も今日から二軍。フリーバッティングでこれだけ飛ばしてる通り、俺と違ってコンディションには全く問題なし。昨日は確かにノーヒットだったが、調子が良くても1日ノーヒットなんてよくある話。そういうのが理由じゃねぇ。
「何でかおりんここにおるんや……?」
「多分昨日の試合の懲罰じゃね?」
「ああ、あのエラーしてたやつ?」
「あれくらい別によくあるやろ?」
そう。はたから見てりゃ、あのくらいのミスもよくある。内野なんて年間ベースで見たら名手でもそれくらいのやらかしは普通にする。
打つ方でもほぼ3割打ってて、守る方でもウチで1、2を争うくらいにはセカンドを守れる火織が、この優勝争い真っ只中で落とされたのは、きっと伊達さんに見透かされたからだろうな。
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「お疲れ」
「おう」
二軍での試合を終えて、帰る前に火織と自販機近くのベンチでプチ慰労会。帰ったらお互い"実里の親"だから、スイッチを切り替えるためにも。
「何かカーブ変えた?」
「ああ。いわゆるナックルカーブってやつだな」
「良い感じに曲がってたじゃん」
「全然入らねぇから上じゃまだまだ使い物にならねぇけどな」
「あはは!大丈夫大丈夫、あっくんならやれるって!"日本一のエース"になるんだから、それくらいはね?」
「……火織」
「ん?」
「だからって、風刃の邪魔をする必要はねぇからな?」
「…………」
急に表情が曇る火織。
「やっぱり、わかっちゃうものなんだね」
「伊達さんにも言われたんだろ?」
「うん。別にわざとやったわけじゃないんだけどね……」
「……アイツはな、確かにプライベートでは浮かれてるとこがある。けど、野球に対する取り組み方は結果に比例するもんだ」
「…………」
「あのやり投げみたいな練習とか、あの独特なフォームも自分で考え抜いて作り出したもんだし、専属の栄養士雇って栄養管理もしてる。細かいとこだと店で出る氷水も身体を冷やさないようにするために飲まねぇ。移動中ずっと寝てるのも、試合中にパフォーマンスを最大限発揮するため」
「あっくんだって頑張ってるじゃん」
「『努力の仕方』が俺も含めて他とは違うんだよ。その前の段階である『努力すること』なんて、アイツからすればそもそも当たり前のこと。俺だって確かにプロ入ってずっと練習はしてきた。けど今を思えば、『こんな環境なんだから結果が出ないのは仕方ない』って思ってたところがあったのかもしれねぇ。『努力さえしていれば最低限は赦される』。そういう下心があったから、努力以上の工夫ができなくてなかなか結果が出せてなかったんじゃねぇかって、最近はそう思うんだよ。まだ高校出て3年程度のアイツを見てると」
「…………」
「……火織が俺を好きになってくれたのって、『頑張ってたから』だよな?」
「そうだよ。『見た目』とかそんなのは二の次だよ」
「だから俺も火織が好きになったんだけどな」
「ふふっ……」
「でもな、結果より過程ばかり見たり、風刃みたいな奴を『頑張ってない』みたいに決めつけるのは、才能のある奴に対する差別でしかねぇと思う」
「…………」
「それに……火織にそんなつもりはねぇってのが前提だが……」
「?」
「そういうのって、『努力してる人間は才能がない』って、ある意味見下してるようにも見えるんだよな」
「……ごめん」
「言っただろ?『そんなつもりはねぇってのが前提だ』って」
……いや、本音を言えばずっと思ってたことでもある。
投手と野手、役割は全然違うが、それでも火織の方が野球の才能がある。火織は冗談半分で自分のことを"天才"とか言ってるが、俺なんかよりそうなのは間違いねぇ。そのことを一軍に定着してからより一層実感するようになったから、そんな火織が俺のことを立ててくれるのを、ほんの少し嫌味のように感じることもあった。
それでもその程度で済んだのは『惚れた弱み』だろうな。だから、そんなつもりは絶対にねぇってのは俺の視点からなら断言できる。けど、周りはな。俺と火織の仲を妬む人間なんて今でも山ほどいるし、火織のそういうところを叩く奴が出てくるかもしれねぇ。
「一軍戻ったら、鋭利くんに謝らなきゃね」
「ああ」
だから、今回のことは良い機会だったかもしれねぇな。火織にそういう部分を自覚させることで、火織を守るためにも。
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