第百二十八話 心は素直(4/9)
******視点:羽雁明朗[博多CODEヴァルチャーズ 監督]******
6回まで氷室を引っ張ってくれて助かったな。向こうのリリーフなら5回までという選択もあっただろうが、伊達としてはこれまでの氷室の功績に加え、今年は全体的に風刃や山口に頼ってる分、氷室の"元々のエース"としてのメンツを潰さないことも考慮に入れる必要があったのだろう。
……プロの投手というのは一般的なイメージだと、『この投手にはこれ』という決め球がある。氷室の場合はフォーク。私も現役の頃はカーブが代名詞のようなものだった。その決め球を引退するまで一貫して最大の切り札として投げ続ける……特に一昔前からのプロ野球ファンならそういうイメージがおそらくあるだろう。
だが、時代は変わった。今は機材やデータ解析のレベルが上がって打者も投手もあっという間に弱点を見つけられてしまうし、投手も打者もお互いに平均的なレベルが上がった。特に打者はフォームがより精錬され、スイングスピードが上がって単純に打球のスピードが上がっただけじゃなく、より引きつけて打つようになった。投手が先発完投主義の理想を捨ててでも平均球速を引き上げざるを得なくなったほどに、現代の打者というのは厄介な存在。
そんな時代となった以上、投手に求められるのは『自分の得意な球をキッチリ再現し続けられる』能力よりも、『環境に合わせて変化できる』能力。環境全体の打者を見渡して、期待値的にカーブが有効であればカーブ、フォークが有効であればフォークを身に付けたりといった柔軟な対応が求められる。
ウチのお菊も氷室と同じようにフォークが代名詞的な存在だが、実際にデータを紐解いてみると、最近のお菊の球種の中で打者に対して特に有効に働いてるのはフォークではなくカットボールだったりする。
そんな感じで打者の『慣れ』を少しずつ少しずつずらしながらやっていけるのが、"現代でも200勝を狙える投手"の必須条件。その条件に当てはまっていて、さらに単純な才能も兼ね揃ってる投手は、向こうだと確実に言えるのは風刃くらいのもの。
氷室は嚆矢園優勝投手で、プロ入り当初からある程度の能力はあった。加えてプロ入り後も練習をしっかり重ねていたのに、一皮剥けるのにそれなりの時間を要した。ローテ定着後のピッチングを見る限りでも、氷室は『環境に合わせて変化する』よりも、『自分の得意な球をキッチリ再現する』ことの方が得意なタイプ。打者のレベル差が顕著で、常に勝利を求められるため、走攻守何事にも平均以上の能力と安定感が求められる高校野球にはマッチしていたが、現代のプロだと特に先発でやっていくには厳しいものがある。
……プロで30年近く現役でやってきた私の見立てでは、氷室をこのまま先発として起用し続けるのなら、おそらくプロとしての寿命は、バニーズが氷室を功労者として配慮したとしても、長めの二軍生活込みであと5年……長くても10年もないな。200勝どころか100勝もいけるかどうか。球威が極端に落ちたわけではないし、今日の試合にしても決してウチの打線が極端に打ち込んでるわけでもないから、素人目にはそうは思えんだろうが。
もちろん、ここからもう一皮剥けて多少延命できる可能性はあるが、そもそも今の時代に200勝を狙えるくらい飛び抜けた才能があればこういう事態にはなってない。少なくともあの風刃には及ぶまい。
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「これも行ったー!!!」
「「「「「…………」」」」」
「入りましたホームラン!友枝、21号!2打席連続アーチ!5-4!ヴァルチャーズ、再び勝ち越し!」
流石だな、弓弦。
「やっぱり弓弦が主人公じゃないか(恍惚)」
「向こうすっかりお通夜やな」
「ヴァルチャーズと戦わんで築いた11連勝は気持ち良かったか?(煽り全一)」
ウチは現在怪我人続出でBクラス。あまり良い戦況とは言えない。だが、ウチがウチである以上、優勝は義務。それに、この順位のまま万年最下位のバニーズにおめおめと優勝を許してしまえば、ヴァルチャーズのブランドにどれだけの傷が付くことか。勝負事なのだから負けることは確かにあるが、負けるにしても負け方というものがある。
そっちのオーナーに恥をかかすようで悪いが、『バニーズの優勝』だけは何としてでも阻止させてもらうぞ。
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