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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第一章 フィノム
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第十四話 決められてたんだよ(7/9)

 高校からの編入組や中等部までは実績のなかったチームメイトが順調に成長して、あっしよりも高い序列を得ていく中で、ようやくあっしは『投手としての最大限のプライド』を捨てる覚悟ができた。

 幸か不幸か、あっしは純粋な左利きの上、バッティングも得意じゃないから、野球で身を立てる上で『野手転向』という選択肢が最初(ハナ)からなかった。どうやっても『投手に縋る』以外に生き残る道がなかった。"圧倒的な実力を誇るエース"になれないのなら、"ただのいち投手"であり続けるしかない。そんな逆境のおかげで、あっしは『投手としての最低限のプライド』だけは守ることができた。

 最初に挑んだのは球速を上げること。だけど、身体がどうにも大きくならないし、より速くできるメカニズムも見つけられない。

 次に挑んだのは制球を磨くこと。だけど、純粋な制球力はもはや才能。『とりあえずこの辺に投げれば良い』ってのを身体に覚え込ませる以上のことはできなかった。

 最後に挑んだのは球種を増やすこと。だけど、カーブ以上の武器が見つからなかった。でもその代わり、色んな球種を試す上でフォームを微調整したり試行錯誤を重ねていく中で、今まで気が付かなかった自分の長所を見つけることができた。


「ストライク!バッターアウト!」

「くそっ、よりによってシュート3球かよ……!」

「あれ……?夏樹ってあんなフォームだったっけ……?」


 3年の春には嚆矢園にも出られた。エースナンバーを背負うことはできなかったけど、最後の夏は立場だけはそうなれて、汚名の返上もどうにか間に合った。


 そんなあっしだけの力が、こんなに早くプロの舞台で役に立つとはね。昨日の段階で出しゃばった甲斐があったってもんだよ。


有川(ありかわ)さん、頼んでたの見つけられました?」

「でゅふふ……もちろんですよぉキャプテン。今年からの新外国人、イースターのデータ。キャリアの大半が3Aなので難航はしましたが、真守(まもる)ちゃんの協力もあって弱点まで見つけてきましたよぉ」


 昨日の紅白戦のオーダー決めで、先発が氷室(ひむろ)さんに決まった後に議題になったのは、継投をどうするか。

 雨田(イキリ眼鏡)が駄々をこねたせいで氷室さんが打たれた場合とか込みで色々とプランを立てなきゃいけなかったけど、そもそも投げる相手のことがわからないとどうにもならない。でも幸い、紅組は一軍メンバーの有名人ばかり。居酒屋で中継観ながら酒盛りしてるおっさんでも特徴や弱点を知っててもおかしくない。だから、今年入ってきて先週の試合で雨田(イキリ眼鏡)を滅多打ちにしたイースターがマークの対象となった。


「イースターは3Aでタイトル獲得経験がありますが、メジャー昇格後の成績は(かんば)しくありません。その原因は分析した限り3つ。1つは『対左の打撃成績の悪さ』、もう1つは『対外角球の長打の少なさ』、そして最後に『横投げの角度や横変化に弱い』、ですね」

「じゃあおれは多分大丈夫かな?」

「えぇ、えぇ。恵人(けいと)くんは左のスリークォーター。外スラ中心で攻めればまず大怪我はしないはずですねぇ」

「……道理でボクがポンポン打たれたわけだ」

「そうですねぇ……でゅふっ。右のオーバースローで、しかも基本は高め速球と縦のスライダーが中心だと厳しい相手ですねぇ。どんな打者でも単純にスピードがあればあるほど多少は打ちづらくなるものですが、メジャーは先発でも平均150の世界ですから……横気味のスライダー中心なら多少はマシかもしれませんが、内側への変化球も好物ですからねぇ……」


 140出るか出ないかのあっしにゃ頭がくらくらする世界だね。あっしとしちゃ、雨田(イキリ眼鏡)でも異世界だってのに……

 でもこの相手なら、もしかしたら……


有川(ありかわ)さん。イースターと、その対戦した左投手の動画って共有してもらえますか?」

「え?ええ、それはもちろん構いませんが……」

「どないしたんや夏樹ちゃん?」

「冬島さん。あっしにちょっと考えがあります」


 そして今朝。


「そんじゃ冬島さん。とりあえずストレートを四隅に1球ずつ入れていきますんで。好きな順番で構えてくれていいっすよ」

「え……?」


 ミーティング後に調整した、いつもと違う横振りのフォーム。打席にイースターがいることを想定して、インハイ、アウトロー、インロー、アウトハイの順にストレートを投げ込んでいく。


「な……!!?」


 宣言通り、そして想定通りに調整完了。キャッチャーを担当する可能性のある冬島さん、伊達(だて)さん、有川さんだけじゃなく、ようやく雨田(イキリ眼鏡)にも面食らわせてやった。


「次はスラーブ投げようと思いますけど、どのコースがいいっすか?」

「えっと……じゃあ無難にアウトローで。3球ほど続けてくれるか?」


 まぁ本番に即してならそこだろうね。希望通り、冬島さんの構えたアウトローに3球連続でズバリと投げ込んでやった。


「こんなもんでどうっすか、冬島さん?」

「……文句なしや。でもほんま大丈夫なんか?今日のためだけにフォームいじっちゃって……」

「心配ないっすよ。元のフォームに戻すだけなら今日中でもできるはずなんで」

「いやぁ……長いことプロやってきたけど、こんな器用な子は初めて見たよ……」

「ワタクシメは高校時代からそういうことができると聞いてたのですが、実際に見てみると驚きですねぇ……ある意味キャッチャーにとっては一番ありがたいタイプのピッチャーかもしれませんねぇ」


 そう。これがあっしが見つけた、あっしだけの武器。


「雨田もこれなら文句ないよなぁ?」

「……好きにすればいいさ」


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